2009年8月16日
授賞式に、双子の弟を代理に出した詩人。
大阪のおっさん自慢です。
ネタ元は、朝日新聞8月15日(土)夕刊の文化面
「追憶の風景」と題した佐々木幹郎のエッセイ。
湾岸戦争が始まった翌年92年3月、
クウエートからアラビア湾に流れた原油を除去するために、佐々木幹郎たち、
大阪のおっさん8人は、無人島のアルグルマ島に、
柄杓を片手に出かけた。
佐々木は、このボランティアを新聞記事で知った。
記事に出ていた連絡先に電話をすると、団長が元気よく
「行きまっせ!」と答えた。
ええなあ、この軽さ。大阪のおっさんの真髄や、と大笑いした。
入国するためには、
サウジアラビア政府の特別ビザがいる。
なかなかおりない。
ここでも、大阪のおっさん精神は発揮された。
「アメリカ兵はビザなしで戦争をやった。
わしらは、その後始末に行くんや、
なんでビザがいりまんねん」と食い下がったらしい。
神聖なボランティアのはずやのに、
なんか、思いの熱さが迫ってけえへんね。
ホンマ素晴らしい大阪のおっさんたちや。
そのおっさんたちと通訳も兼ねて同行した佐々木さんも、
詩人といえども、さすが大阪のおっさんや。
渡航近くになって、あの権威ある高見順賞。
その授賞式が、渡航中にあるという。
そこで、佐々木さんは、主催者・高見夫人と交渉した。
「双子の弟がいるけど、
その弟を代理にどうですやろ?」
高見夫人は、しぶしぶ、この申し出を受けたらしい。
おもろいな。
おっちゃんも、コテコテの大阪弁をしゃべるだけやない、
こんな大阪のおっさんの精神を、発揮せなあかん。
笑いながら、反省しつつ、
15日は、愉快な眠りにつきました。




