60歳過ぎたら、いっしょ、いっしょ。
家内のおかあさん、すなわち、おばあちゃんは、京都で暮らしている。
日々のことができるうちは、住み慣れたところを離れたくない、と、
一度、いっしょに暮らしたが、半年ほどで、京都に戻ってしまった。
でも、80歳を超えて、心細さが増してくるようになった。
家内も心配して、頻繁に電話をする。
「昨日も電話したらね、
薬も、何種類も飲まなあんけど、順番が分からへん、いうて」
一日朝晩2回、食後ごと3回、就寝前に1回だけ、
種類がたくさんあって、おばあちゃんが混乱するらしい。
薬袋に書いてあるけど、読んでも不安が増す。
薬袋に書いてあることを、
おばあちゃんに読んでもらって、家内が解説する。
「そやなあ、わかった、わかった。」と答えてくれるけれど、
また、おんなじ質問が返ってくる。
「気丈夫な人ほど、衰えのショックが大きいねやろな。」
「そうかもしれん。」
「もう、年内には来てもらわな、アカンのちゃうか」
「そうやね。けど、京都を離れたがらへんし。」
いつも、同じ結論になって、出勤してきました。
集中力や記憶力が落ちてくる。
なにも、おばあちゃんだけやない。
わたしも、この前、友達と食事しているとき、
「いやあ、あのなあ、
何とか云う作家がなあ、
だいぶ前に、
ウイグルの件で、
胸が痛む話をしてはって。」
どんなこと?と聞かれて、
「いやあ、胸が痛むことやねん。」
「それでは、なんにもわからんな。」と言われ、
確かに確かに、
「なんちゃら」だけの記憶なら、言わなきゃよかった。
と、3日ほど前の出来事を思い出しました。
おばあちゃん、心配いらんで。
おっちゃんも、おばあちゃんとかわらへん。
ふたりで、
「あんなあ、いつやったかな、なんちゃら言う人がきはって。」
「ほんまかいな、ボクも、昨日、誰かになにか、言おう思ったら、
忘れてもうて。」
健忘大会をやりましょや。
いま、気になって調べ直したら、
「何とか云う作家」は、「林望さん」。
「だいぶ前」は、「だいぶ前」やなくて、ついこの前の「23日(日)」、朝日新聞の記事。
「胸が痛むこと」とは、
中国新疆ウイグル自治区で起きた騒乱事件に関すること。
中国政府のウイグル人への差別的行動に抗議活動のために、
亡命先のアメリカから来日したウイグル人評論家カイサル氏の発言。
「我々と同じ数のパンダが死んだら、
世界はこんなに冷淡ではないはずだ」
政治に、「正義」を語ることなかれ。
年寄りに、「記憶」を求めることなかれ、でっせ、おばあちゃん。




