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おっちゃんの「日々こもごも」

2010年1月18日

親元で暮らせないこどもたち。

筆者:おっちゃん
知人から聞いた話だが、胸が詰まって忘れられなかった。
彼の奥さんは、乳児院で働いている。
その乳児院には、
近くの百貨店のトイレなどで産み落とされた赤ちゃんが、運ばれてくることがある。
たいがいは、産み落として去った親が見つかる。

警察から呼び出された母親と、その母親がふたりして乳児院に顔を出す。
母親は十代、二十代、その母親と言っても三十代、四十代。
引き取って育てる意思があるか、確認する。
ほとんどは、拒否する。育てられない状況にある。

仕方がないので、乳児院で引き受けて育てることになる。
ただ、日本の制度では、
2歳になれば、この乳児院から児童養護施設に移さなければならない。

乳児を送り届けるのも、乳児院の保育士の仕事になる。
その時期が近付くと、
ひと月ほど前から、彼の奥さんは落ち着きをなくす。
それで、知人は、また、その時期が近付いたことを知る。

同じように、送られる乳児も知るのか、
それとも、いのちの本能で悟るのか、
保育士のそばから離れなくなる。
保育士は、ますます、暗い淵を彷徨うことになる。

その朝、むづがり、まといつく幼児をなだめて、車に乗せる。
1時間ばかり走ると、施設に着く。
坂を登ったら、お別れだ。
保育士は黙り込む。
幼児を、車から降ろすと、
ほとんどの幼児は、いままでのことが嘘のように、
入口に向かって歩き出す。
後ろも振り向かずに。

現実を受け止めなくては、
聞き分けのいい子にならなければ、
生きていけない身を悟ったかのように。

そんな保育士の経験を重ねた奥さんが、書かれた小説が、先週届いた。
宮川芙美子さん著『リレハンメルの灯』。
すぐ、読もうとして手が止まった。
ニ三日、机の上に乗ったままだった。

こどもの時に、小川を前にして、足踏みしているような気分だった。
早く飛べよ、と言う声が聞こえるような気がした。
何も言う言葉はなくても、とにかく読もう。