親元で暮らせないこどもたち。
知人から聞いた話だが、胸が詰まって忘れられなかった。
彼の奥さんは、乳児院で働いている。
その乳児院には、
近くの百貨店のトイレなどで産み落とされた赤ちゃんが、運ばれてくることがある。
たいがいは、産み落として去った親が見つかる。
警察から呼び出された母親と、その母親がふたりして乳児院に顔を出す。
母親は十代、二十代、その母親と言っても三十代、四十代。
引き取って育てる意思があるか、確認する。
ほとんどは、拒否する。育てられない状況にある。
仕方がないので、乳児院で引き受けて育てることになる。
ただ、日本の制度では、
2歳になれば、この乳児院から児童養護施設に移さなければならない。
乳児を送り届けるのも、乳児院の保育士の仕事になる。
その時期が近付くと、
ひと月ほど前から、彼の奥さんは落ち着きをなくす。
それで、知人は、また、その時期が近付いたことを知る。
同じように、送られる乳児も知るのか、
それとも、いのちの本能で悟るのか、
保育士のそばから離れなくなる。
保育士は、ますます、暗い淵を彷徨うことになる。
その朝、むづがり、まといつく幼児をなだめて、車に乗せる。
1時間ばかり走ると、施設に着く。
坂を登ったら、お別れだ。
保育士は黙り込む。
幼児を、車から降ろすと、
ほとんどの幼児は、いままでのことが嘘のように、
入口に向かって歩き出す。
後ろも振り向かずに。
現実を受け止めなくては、
聞き分けのいい子にならなければ、
生きていけない身を悟ったかのように。
そんな保育士の経験を重ねた奥さんが、書かれた小説が、先週届いた。
宮川芙美子さん著『リレハンメルの灯』。
すぐ、読もうとして手が止まった。
ニ三日、机の上に乗ったままだった。
こどもの時に、小川を前にして、足踏みしているような気分だった。
早く飛べよ、と言う声が聞こえるような気がした。
何も言う言葉はなくても、とにかく読もう。




