2011年3月31日
日本の年号のすばらしい。
うちの会社では、毎週月曜日の朝に、主だったスタッフで会議をしている。
プロジェクトの進行状況を確認し合う。
昔は、私も出ていたが、
今年になってから、月に一度、月初の月曜会議だけの参加になった。
2011年3月30日
地震の夜のふたり。
11日(金)の地震の夜には、さまざまなことが起こっていた。
その時間、電車に乗っていて、2時間閉じ込められた人。
見知らぬ会社に入れてもらい、
おにぎりをふるまってもらって夜を明かした人。
うちの会社には、5時間かけて帰ったスタッフもいる。
わたしは、遠すぎて帰れない女性スタッフもいたので、
会社での籠城を覚悟した。
開き直って、籠城族といっしょに、
7時ごろ近所の肉屋さんで機嫌良く食事をした。
予約はすべてキャンセルになっていて、とても感謝された。
2011年3月29日
「還り」は、全部助ける。
昔々、小説家の五木寛之さんは、どこかに書いていた。
何かをしようと思えば、
親を捨ててなければならないこともある。
故郷を離れ、東京に出てくることも、そのひとつ。
親を援けるために、自分の夢を捨てることはない。
「親を思いながらも、やはり、自分の夢にかける」ことがいい、
と書いていたように記憶している。
2011年3月25日
シンガポールから被災者への励まし。
アルビレックス新潟シンガポール(アルビS)の社長、
是永さんも積極的に動かれたのだろう。
シンガポールサッカー協会と
シンガポールリーグで活躍するアルビレックス新潟シンガポールが、
日本の被災者を支援する試合を企画した。





