「五輪ボイコット―幻のモスクワ、28年目の証言」松瀬 学
戦後は終わっても、「二次敗戦」は続く。
停戦を訴えて開幕した北京オリンピック。
その開幕の日に、ソ連はグルジアに軍事侵攻した。
早速、アメリカの議会では、
2014年開催のソチ冬季五輪に物言いをつけた。
ソチは、グルジアから、わずか50㎞の距離。
近すぎて危険ではないか、と会場の変更を迫る決議に動き出した。
28年前のモスクワ五輪を思い出して、
松瀬学さんの『五輪ボイコット』を読んだ。
1989年暮れ、ソ連はアフガニスタンに軍事侵攻した。
人道主義を掲げて、
カーター大統領は、「モスクワ五輪」ボイコットを呼びかける。
ときの日本の大平首相は同調することを迫られる。
逆らえば、
「対日石油輸出をストップする」との脅しのうわさも広まった。
政府は、日本オリンピック委員会(JOC)に「意をくむこと」を望む。
JOCは、独立した組織だから、命令はできない。
しかし、JOCは日本体育協会の傘下にあり、
日本体育協会は、文部省からの補助金で成り立っている。
とても、政府から自立した存在ではない。
レスリング・コーチだった福田富昭さんは、述懐する。
「モスクワ五輪はスポーツが政治に『敗北』した大会であった。」
JOC委員だった松平康隆さんは、
「オリンピック憲章違反だった」と言い切る。
JOC総務主事だった岡野俊一郎さんは、
「カーターは大統領選挙のキャンペーンとしてボイコットを世界中に働きかけた。」
と無念をにじませる。
毎日新聞運動部・大野晃記者は、
「みんな打ちひしがれていた。たぶん、終戦の翌日っていうのも、こうだったんじゃないか」と振り返る。
「一言でいえば、モスクワ五輪ボイコットとは日本スポーツ界の『敗戦』だった」と
著者は言う。
不幸なことに、4年に一度のオリンピックは、
アメリカ大統領選挙の年に重なる。
権力者は、つねに「ナショナリズム」を選挙に利用する。
ひとりの権力者のために、スポーツ界は振り回され、
人生をかけて死ぬ思いで励んできた選手の夢は断ち切られ、
日本のスポーツは低迷に入った。
これは、「二次敗戦」だ。
スポーツ界だけでなく、
さまざまな分野で起こっているのだ。
戦争も戦後も知らない世代も、
これは知っておいた方がいい。





