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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2008年8月27日

「フリータイム」チェルフィッチュ

筆者:いぬ僕らは自由か。

僕の住んでるマンションの掲示板には、すごくたくさんの貼り紙がしてある。
上階の水遣りの水がたれてくるから気をつけろだの、
ペットを飼うときにはマンション内の「ペットの会」に入れだの、
夜中の駐車場で、車のドアの音がうるさいから気をつけろだの。
いちいち正しい。


けど、結果としてたくさんの「正しさ」であふれかえった、
この掲示板の息苦しさといったら、どうだろう。

そんなこんなで、最近「息苦しいなあ」って思うことがけっこうある。
みんなけっこうそうなんじゃないだろうか。

「自由」に生きたい。とかうっかり思ってしまう。もう35歳なのに。

でも「自由」ってなんだ。
仕事をやめれば、マンションに住むのをやめれば、
自由になれるんだろうか。
ときどき「今の暮らしを全部やめて、山にこもっちゃえば大丈夫」って、
考えることがあるけど、それって「自由」なんだろうか。

チェルフィッチュ『フリータイム』を観た。
話はシンプルだ。
派遣社員として働く女。会社に行く前にいつも早起きして、
駅のそばのファミレスで30分を過ごす。
日記(のようなもの。彼女がノートに書いているのは、
文字ではなく円なのだ)を書く彼女の頭の中や、
ファミレスの店員が思ってること、
同じ時間にファミレスに居あわせた男子二人が何を見て、何を考えたか、なんてことが、
いろんな役者によって、いろんな視点から語られる。

一貫して語られているのは、要するに「自由ってなんだ」ってことだ。
早起きした朝の30分は自由な時間なのか。
30分じゃなくて1時間だったら自由なのか、それとも2時間か。
時間の長さじゃなくて、その長さを自分で決められることが自由なのか。
つまり派遣社員じゃなくて、フリーランスだったら自由なのか。

そう、ほんとうはそれ以上一時間とか? 欲を言えば一時間半とか?
もっと? してれたらなあっていうのはありますけど、
(中略)
でも三十分で、結構だいじょうぶでっていうか、
うん、そういう面はあって、
(中略)
ときどき三十分が、
そう、ときどきでいつもそうなるわけじゃないんですけど
三十分がほとんど、永遠、(ウケて)、
うん、でもそう、永遠!
におおむね等しくなることがあるってことを私は知ってて、
(後略)

終盤、女(の心の中を語っている役者)は語る。
彼女が見つけた「永遠」こそが、普遍的な「自由」なのか。
それともこれは、不自由な状況の中で身につけた「生きる知恵」なのか。

今のところ僕には、「その両方です」としか言いようがない。
なぜなら僕自身が、その2つの間で揺れていると思うからだ。
でももし「不自由な状況」ってものが今あるとして、
それはどんどん大きくなっていて、
僕の身の回りは息苦しくなっていくばっかりだとしたら。

「生きる知恵」だけじゃ足りないときも、くるんじゃないだろうか。

紹介演劇データ

  • タイトル:『フリータイム』
  • 作・演出:岡田利規劇団:チェルフィッチュ
  • 公演日:2008年3月
  • 劇場:SUPERDELUXE(六本木)