「ポスト消費社会のゆくえ」辻井喬、上野千鶴子
昭和63年4月、セゾングループの合同入社式が青山学院大学の講堂で行われた。1,000人以上の新入社員が参加していた。そしてその壇上にいたのは堤清二氏であった。話の詳細はまったく覚えていないが、セゾングループの成長や将来について語っていたのだろう。セゾングループの黄金期の一幕である。私は新入社員の一人としてそこにいた。
本書は堤清二氏がペンネームである辻井喬として、東京大学教授の上野千鶴子氏との対談形式でセゾングループの歴史を回想したものである。二人の対談はボケとツッコミで、それはそれで飽きさせない構成になっている。その流れの中、セゾングループを日本の消費社会の特徴的現象として捉え、その誕生、黄金期そして衰退のプロセスを確認することで、次のポスト消費社会のゆくえを考察している。
これからの「ポスト消費社会」の枠組みは日本のような先進国ではなく、途上国から生み出され世界の新たな秩序になっていく、本書が導き出した曖昧な結論である。しかし、私にとってその結論はあまり意味をもたないものであった。そもそも私の興味は「ポスト消費社会」ではなく、セゾングループの頂点に君臨していた堤清二(辻井喬)の当時の本心にあった。なぜ、彼はあの時、あのようなことを言い(言ったと聞いた)、なぜ、彼はあのような判断をしたのか(判断をしたと聞いた)。
セゾングループの中核は西武百貨店であった。お家芸はイメージ戦略である。斬新かつ革新的メッセージを世の中に発信し、衝撃を与え人々を扇動する。そこには常に「提案」という2文字があった。私たちも常に世の中への提案を問われていたように思う。それらの提案にリアリティがあったかは別の次元の話であるが。
イメージ戦略は、新参者である西武百貨店が成長していくうえでの大きなエンジンとして機能した。それはパルコにも継承され、「セゾングループらしさ」を形成していくことになる。一方、その成長の要因として当時の消費者が未成熟だったこともあげられる。ある意味セゾングループの起こした現象もバブルであり未成熟であったがゆえに踊らされてしまった消費者がそこにはいた。その後消費者はバブル崩壊を経験し、バブルのときに得た選択眼で成熟度を高めていく。そこから先、イメージ戦略は神通力を失いセゾングループは衰退の一途をたどることになる。
セゾングループの崩壊は確かに本書にもあるように多角化経営によって目の行き届かないところが発生し、そこからの汚染が肥大化していったのであろう。だが、もう一つの見方として、彼が消費者の変化の兆しを捉えられなかったからだと私は考えていた。彼も裸の王様であったと・・・。
しかしながら堤清二氏は、私がセゾングループの黄金期であると信じていた時代、すでに消費社会の変化を知り、セゾングループそのものに行き詰まりを感じていたと言っている。
その事実に私は肩透かしをされた気分になった。なぜなら例えば、西武百貨店のイメージキャンペーン、「おいしい生活」は私にとって衝撃的なものであった。あのようなクリエイティブが時代の「ニオイ」を創っていくと信じた。しかし、当時彼の感覚はもうそこにはなかった。すでにそれで牽引できる消費社会ではないと考え始め、そこにあったのは彼の惰性の産物でしかなかった。
本書によって彼の熱は、より具体的な「提案」となるサホロリゾート、つかしん、タラサ志摩、ホテル西洋銀座、インターコンチネンタルホテルなどに向かっていったのだと気づかされた。そのスピードがあまりにも急でありその規模があまり大きかったがゆえに彼の周辺も世の中もついていけなかった。時代の変化に気づき、先を読んだ一手を打ったにもかかわらず、残念である。
今、消費生活はインターネットの普及もあり提案されるものではなく、選択するものになってきている。イメージという虚構による脚色から、地に足のついたリアリティが一層求められている。環境問題、食料問題、エネルギー問題とどれをとってもリアリティばかりであり、高ストレス社会を想像させられる。思えば、このような日本の状況下でポスト消費社会の新しい枠組みなどできようはずもないだろう。
筆者:「となりのお兄さん」(ゲスト)





