『アメリカン・コミュニティ』渡辺靖
誰もが、違う夢を見ることを許されている。
「アメリカが、好きだ」
10年前、アメリカでわずか4か月ばかりを過ごした僕は、
帰る頃にはすっかりこの国が好きになっていた。
車で何時間走っても、どこにも着かない何にもなさ、
街を歩いても見知らぬ日本人に声をかけてくる気安さ、
立ち寄った田舎町のカフェで食べた手作りマフィンのおいしさ、
そしてもちろん、豊かな自然。
「アメリカが、好きだ」
今は、そう言い切ることが、少し難しい。
10年経って、外から見るアメリカは、
グローバリズムの元凶、格差社会。
世界の覇権を握りながらそれを濫用している国、に見える。
でも、僕の好きなアメリカは、まだ、ちゃんとあった。
『アメリカン・コミュニティ』は、
文化人類学者・渡辺靖による、
今のアメリカの中にある、さまざまなコミュニティについてのレポート。
コミュニティを外から眺めるのではなく、
実際に訪れ、そこでの暮らしをできる限り体験し、
コミュニティの中から見えたもの、感じたことが記されている。
ニューヨーク郊外では、
アーミッシュのように文明と距離を置き慎ましく暮らす、
「ブルダホフ」の生き方に触れる。
カリフォルニアでは、金持ちが「安心・安全」を求め、
自ら塀の中に閉じ込もって暮らす街「ゲーテッド・コミュニティ」を訪れる。
マサチューセッツでは、スラム化した街を再生させたコミュニティの力に驚き、
アリゾナでは、数千人の信者を集め、
敷地内にショップやアミューズメント施設を備えた「メガチャーチ」の台頭に、
保守化するアメリカ国民の「受け皿」としての教会の姿を見る。
全く違う価値観と行動原理。
つくづく、アメリカは、
いくつものコミュニティが集まって成り立っている国なんだ、と思う。
コミュニティは、ある種の夢だ。
そこで暮らす人が見る夢。
でも、誰もが同じ夢を見ることはできない。
似た夢を見続けることのできる人が集まって、コミュニティを作る。
誰にも「お前の見ている夢を変えろ」と強制することはできない。
一つの夢しか見ることを許されない社会は、窮屈な社会だ。
「社会の中に様々なカウンター・ディスコース(対抗言説)を擁していること。
そうしたディスコースが絶えず生み出されては、せめぎあっていること。
そして、それが許される<自由>。
そうした<自由>を自己理解ないし運動律の核としている社会。」
僕がアメリカを好きなのは、
僕の理想とする生き方やそれを実践するコミュニティがあるからじゃなく、
誰もが、他の誰とも違う「夢」を見る自由があったからだ。
そしてその自由は、今も変わらず、そこにある。
だから今は「僕の好きなアメリカがある」と言っておこう。
いつか大きな声でもう一度「アメリカが好きだ」と言えるようになる日まで。





