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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2008年11月28日

『生物と無生物のあいだ』福岡伸一

筆者:いぬ唄われない英雄の唄

子どもの頃から、強い主張や、大勢の意見が苦手だった。
学級会でも、仕事の打ち合わせでも、
流されながらも頭の中では「別のなにかがあるんじゃないか」と、
違和感を感じていた。

大きな声で語られることだけが、本当のことだろうか。
語られなかったことの中に隠されているものは、ないか。

本書の主人公は、ノーベル化学賞受賞者、
ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックではない。
DNAの構造、生命の自己複製システムを解明した彼らは、
科学史の表舞台を飾る。
しかし著者は、その後ろに立つ、
舞台に乗ることのなかった人物たちに着目する。

その一人が、ルドルフ・シェーンハイマーである。
ラットの体内に取り込まれたタンパク質の行方を探り、
細胞が分子のレベルで、
絶えず入れ替わり続けていることを発見したユダヤ人科学者。
しかし彼の指摘が、当時の学界に顧みられることはなかった。
「生命とは何か」という究極の命題に答えようと
悪戦苦闘する科学者たちの群像。
著者は、苦闘の歴史の中に埋もれてしまった人物を見つけだし、
その功績を丁寧にたどっていく。
歴史の糸がほどかれ、編み直される中で見えてきたのは、
DNAによって自己複製を繰り返すだけではなく、
自分自身を絶えず分子レベルで破壊し続けながら、
同時に自分自身を作り出し続ける生命の姿であり、
「絶え間なく流れる分子の流れ、その淀みこそが生命である」
という新たな生命観だ。

ロックフェラー大学をはじめ、
分子生物学の最前線で研究者としての実績を重ねた著者。
科学の歴史は、「アンサング・ヒーロー(唄われない英雄)」
によって支えられている、と言う。
「発見」の大合唱の中から、耳を澄まし、
目を見開いて、
唄われることのなかったアンサング・ヒーローたちを探し出し、光を当てる。
語られなかった「なにか」が掘り起こされ、
そこから新しい物語が紡がれる。
その瞬間に立ち会うことのできる本だ。