「伝記」サンプル
愚かに、踊り続ける。
劇団サンプルの「伝記」を観た。
シェルター会社「浅倉シェルター」社長、浅倉史郎。
その死後、偉大だった父親の「伝記」を作ろうとする息子・健。
伝記を巡るドラマは、
僕にとっては「歴史」と「人間」の関係を考えさせるものとなった。
伝記に名を残そうとあがく者たちがいる。
社長の愛人と、その息子。
「正史」の側からすれば、彼らを認めるわけにはいかない。
なんとかして彼らの存在を無かったものにしようとする。
無視をするな、俺たちを認めろ。
彼らは必死に、「正史」を握る者に詰め寄る。
伝記を、外から眺めようとする者たちがいる。
浅倉健の下で伝記の編纂にあたる3人の社員。
客観的に歴史を残そうと、取材し、観察し、写真を撮り続ける。
しかし、客観的に歴史を見つめ続けることなんてできない。
「見る者」はいつしか「見られる者」に変わる。
見られた者は、自分の歴史を語り出す。
「伝記」に語られるかどうか。「歴史」に名が残るかどうか、
そのことだけを巡って、何人もの人間が争いあう。
そんな中、社長の伝記を作ろうとしている息子だけが、
おろおろしながらも他人事のような顔で、騒動を眺めていた。
しかし彼は、ある瞬間、その立場を捨てる。
「私が主役になります。
物語の主役は私です。いや、私たち、あなたたちです。
私たちは続きなんです。だから何をやってもいいんです。」
「茶番です。なぜそれがいけない?
私が父を追い越すことはない。才能もなければ人望もない。
実績もなければ未来もない。そんな私にできることは茶番です。
茶番でも何でもやって物語を書き換えればいいんです。
それが歴史になるんです。さあ、伝記を作りましょう!」
そう息子が宣言したところで、
彼とその妹との「秘密」が明らかになる。
他者の歴史をながめ、編集する立場から、
自分の歴史を作り、自分が他者から見つめられる立場になる。
そう、彼もまた「歴史」になった。
歴史とは、名もない、才能もない、人望もない者たちが、
愚かに踊り続ける、その集積だ。
紹介演劇データ
- タイトル:「伝記」
- 劇団:サンプル
- 作・演出:松井周
- 公演日:2009年1月
- 劇場:こまばアゴラ劇場(駒場東大前)





