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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2009年3月13日

「シンフォニー・M」大駱駝艦

筆者:いぬ死ぬまで、命がけで立ち続ける。

倒れる。何度も倒れる。
音楽は切断される。
無音の中で、立ち上がる。
倒れては立ち、立っては倒れる。
こんな麿赤兒をみたのは、初めてだ。

「シンフォニー・M」は、
大駱駝艦艦長・麿赤兒による舞踏作品。
ほかの舞踏手(大駱駝艦では『鋳態』と呼ぶ)もいるが、
実質は「ソロ作品」と呼ぶにふさわしい。
いつもの麿は、終盤、おもむろに舞台の後ろにあらわれ、
あまり動かず、圧倒的な存在感を示し、
空間を支配する、といった風だった。
少なくとも、僕が過去にみたいくつかの作品では、そうだった。
だが「シンフォニー・M」では、
僕がこれまでにみたどの作品よりも、麿は激しく動いていた。
あがくように、悩むように。
動きながら、なにかを考え、確かめているようにも見えた。

「舞踏とは、命がけで突っ立っている死体」といったのは、
暗黒舞踏の創始者、土方巽だそうだ。
僕は土方を知らない。写真や、うつりの悪い記録映像でみただけだ。
ただ、目の前で倒れ、立ち続ける麿の姿は、
まさに「命がけで突っ立っている死体」そのものだった。
そして同時に、それは僕の姿でもある、と思う。
死ぬまで、命がけで突っ立っている。
それが「生きる」ということなのだし、
「生きる」って、それ以上でも以下でもない。
そんなことを考えた。

なによりも心動かされたのは、
公演が終わったあとの、あいさつ。
踊ることをやめ、あぐらをかいて座っている麿は、
立ち上がって前に出ようとするのだが、腰が立たない。
不安げに左右をみる。
そのとき、両脇の黒づくめの男が麿を支え、起こし、
前に連れ出し、あいさつを促す。
彼の弟子たちだ。
麿は少しホッとしたように、男たちに促されるまま、
不器用に頭を下げる。
もちろん芝居だ。麿はちゃんと動ける。
でも、感動した。
「命がけで突っ立って」いくことが、しっかりと、
次の世代に受け継がれている。
そう思った。

 

紹介演劇データ

  • タイトル:『シンフォニー・M』
  • 団体:大駱駝艦
  • 振鋳:麿赤兒
  • 公演日:2009年2月
  • 劇場:世田谷パブリックシアター(三軒茶屋)