『小高へ 父 島尾敏雄への旅』島尾 伸三
伸三さん、読後感はお父さんに似ていますよ。
たぶん、高校の頃だったような気がする。
授業をさぼって、時間をつぶした図書館で、
「島尾敏雄」の全集が目に入った。
初めての見る名前。
教科書にも載らない無名の作家が、全集か?
少し恐ろしいものを覗くように、手にとった。
濃密な空気が漂っていた。
初めて、これが「文体」というものの力だと知った。
その島尾敏雄に長男がいることは知っていた。
写真家であることも。でも、少しも興味はなかった。
年末の本屋で、たまたま目にとまって、
『小高へ 父 島尾敏雄への旅』を買った。
ただただ、島尾敏雄への関心からだった。
けれど、伸三さんって、おもしろい人ですね。
「楽しいことを考えるのが得意だったお母さんの夢を、
片っ端から壊したのは、
外出が多くて難しい顔をしていたお父さんに違いありません。」
お父さんが、明るかったお母さんを壊し、
お母さんは、かわいい妹マヤをしばりつけた。
「妹、マヤの死は、十年経っても、
私を悲しませるのに充分です。
どうして彼女を、狂った母の家から救い出せなかったのか...」と、今も悔いる。
このような両親に育てられた伸三さんは、幼いころから、
「不愉快という醤油が私の精神の
芯から末端にくまなく染み込んでしまっている。」と告白し、
「私は何らかの神経症に侵されてきているはず」と言い切る。
友人の結婚式に参列するために来ていた香港で、父の死を知る。
結婚式を済ませて、父のお通夜に駆けつけると、
「お客さんがみんな帰った深夜、おかあさんが棺桶の蓋を開けろというので、
開けると、一人にしてくれというので、
隣の台所でお茶を飲んで次の命令を待つことにしました。」
父を悼む悲しさよりも、母の次の行動から逃れるように、
伸三さんの妹や奥さん登久子さんは、一心に炊事や洗濯にかかる。
「もういいよ、というような声がしたので、
居間に入って木箱の細長い大きな蓋を閉めようとすると、
別れを惜しんで、おかあさんはもう一度、と言って、
お父さんをなで回し、顔を両手で包みました。」
すると、伸三さんは、
「この二人がこうやって、私や妹が生まれたんだなあ、と、思いました。
それは夫婦や家族という制度や表向きの仕草というよりはもっと動物的で、
土を捏ねて肉を生み出した神様の仕業を真似ているようでもあり、
肉が肉を生み出そうとする虚しい快楽の真似事のようでもありました。」
なにか、熱風に突き上げられたようなエネルギーを感じたのですが、
おっちゃんの誤読でしょうか。
そのあと、
「おかあさんは、
ずっと孤独の恐ろしい海を生きていた人だと感じました。」と続きます。
そして、
骨壺に収まったお父さんの骨を
「私は、悲しいふりをして、大きな骨をガリガリと食べてみせました。
妹は、迷わずに泣いて食べました。
ギクッとした表情を慌てて吹き消すと、
おかあさんは嫌そうに、小さな骨を捜しだし、それを食べました。」
そんな父も母も妹も、いまは福島の小高の墓に眠る。
「登久子さんが、
小高のお墓に私と一緒に入るのを楽しみにしていると
言ってくださっているので、死ぬほどうれしいです。」
お父さんの小説を読んだあとのように、
焚き火にあたりすぎたような気持ちになりました。





