「改造☆人間」田上パル
ビョーキの人は熱い。
田上パル「改造☆人間」をみた。
言ってしまえば、「カルト」の話だ。
山奥の道場で、日々「毒出し」に邁進する人々。
食事を制限し、おのれの身体を鍛え上げ、
俗世の暮らしで蓄積された「毒」を排出する。
排出を終えると、顔が変わったり、体つきが変わったりするらしい。
そう、ここは人間を「改造」する道場なのだ。
ある日、4人の女が転がり込んでくる。
道場出身の同僚にだまされ、連れてこられた。
なにも知らされずに道場にやってきた4人の女は、
その異常さにあきれ、おびえる。
なんとか逃げ出そうとする女たちと、
「改造」修行を迫る修行者たちとの間でドタバタが繰り広げられる...。
ギャグに満ちあふれたストーリーと、
熊本弁の絶叫によるやり取りが醸し出すトボけた味わいのせいか、
「毒出し」のうさんくささや、修行の異常性は薄められていく。
すると道着を着て、汚れた畳の上で修行に励む人たちの姿が、
どこかさわやかで気持ちのいい風景にみえてくる。
既視感のあるこの風景... 「部活」だ。
高校の頃みた、校庭や渡り廊下で、夢中になってなにかの練習をする人たち。
同じ所を全力で行ったり来たりしてみたり、
大声で意味の分からないことを叫んでみたり。
外からみると、ちょっと「引く」くらいおかしなことを、
ものすごい真剣になってやっている。そんな部活の風景とリンクしてくる。
乱暴な言い方が許されるのなら、
部活をはじめとして、会社や学校やなにかの組織に入るということは、
多かれ少なかれ「カルト」に入るようなものなのだ、と思う。
どれだけ探しても、自分と同じ価値観の組織なんて見つからない。
だから、違和感をおぼえながら、自分の価値観を変え、組織に合わせていく。
すると自分が変わる。いつのまにか「改造」されてしまう。
毒出し修行をしている男の一人が、こんなことを言って、
修行への違和感を口にする場面がある。
「みんな本当に、顔や体が変わってまで毒を出したいと思っているのか。
俺は今の俺のまま、毒を出したい」
たぶんそれはムリだ。毒を出したら、自分のなにかが変わる。
「改造」されてしまうはずだ。
「改造」されることを引き受けなかったら、変われない。
言葉にすると本当に当たり前のことなんだけど、
現実には人は、少なくとも僕は、このジレンマにいつもぶつかっている。
なんでも一歩引いて外から眺めているつもりで、
どこにも所属していないつもりでいた僕は、
だまされて連れてこられた女たちだ。
彼女たちは、いつまでも変われない。
変われないまま、毒出しのうさんくささや、道場の異常さに「引き」続ける。
うさんくさい毒出し道場で、外からみたらバカバカしいと思うことを、
悩み、ぶつかりながら全力でやっている姿がまぶしくてしょうがない。
「ビョーキの人たち」の「熱さ」に、いつしかやられてしまっている。
もちろん、そのことが孕んでいる危なさも、承知しているつもりだが。
紹介演劇データ
- タイトル:『改造☆人間』
- 劇団:田上パル
- 作・演出:田上豊
- 公演日:2009年3月
- 劇場:こまばアゴラ劇場(駒場東大前)





