『歴史の〈はじまり〉』 大澤 真幸・北田 暁大(対談)
太陽と北風。
「北朝鮮問題を解決するのは、北朝鮮の民主化しかない。」と提起する。
大澤さんの発想は、すごい。
アメリカは、軍事力によって強制的に民主化をするとして、
イラクに侵攻したが、
軍事力によって民主化するというのは形容矛盾だという。
民主化というのは内発的な民主化しか論理的にはありえない。
北朝鮮は、
経済的に立ち行かない状況になっているし、かってより情報が入っていますから、
自由というものがなんであるか、北朝鮮の人たちもある程度知っているはずです。
民主化のための重要な要因はもう揃っている。
軍事的に進攻しなくても、すでに死んでいる。
北朝鮮は、死んでいることに気づいていないだけ。
だったら、気付かせてあげればいい、として、大胆な提案に発展する。
東欧が民主化したことに学べばいい。
東ドイツのベルリンの壁が崩壊した直接的な原因は、
東ドイツからの亡命者というか難民を、
西ドイツが大量に受け入れたということだったと思う。
逆に、なぜ、東アジアに北朝鮮が残っているのか。
北朝鮮からの難民を西ドイツのように勇敢に受け入れる国が
どこにもないからですですよ。
もっとはっきり言うと、北朝鮮が民主化しないのは、
北朝鮮のせいではなくて東アジアの近隣諸国のせいですよ。
おっちゃんなどは、いずれ自壊するだろうと思っていた。
しかし、死ぬときは人を道連れにするかも知れない。
じゃあ、誰を心中の相手に選ぶのか。
民族的同朋の韓国ではない。
中国でも、アメリカでもない。
なんか、いつも少し外される日本じゃないか、との脅えがある。
大澤さんは、いう。
東ドイツが突然民主化したのは、結局、
ハンガリー経由でいくらでも西ドイツに亡命できることがわかったからです。
実は、東ドイツのケースでは、実に勇敢な媒介者の役割を果たして、
東ドイツからの難民をフリーパスで西ドイツに送った。
移動の自由があれば、不自由な国にいる必要はない。
内側から民主化が起こる。
だから、日本は東アジアにおいては、ハンガリーの役割を担い、
北朝鮮の難民を受け入れる。
「核兵器に恐恐としているよりは、難民を受け入れる方がリスクは少ない。」
北朝鮮の難民を「歓待」するという発想の逆転こそ、
実は、リアリズムではないか、と結ばれる。
敵を迎えるということのなかにこそ、歓待の究極の姿を見たり。
「攻撃より歓待を。」
日本国民が政府を信じることができれば、
政府が国民を信じることができれば、
まだまだ、方法はいっぱいあるんだ、と感心した。





