「て」 ハイバイ
ちょっと悪くて、ちょっといい。そんな人生が美しい。
「なんでアイツは、あんな言い方しかできないんだ?」
「あんたねえ、ちゃんとモノ、考えてるの?」
「どんだけ偽善者なんだよ、おまえ」
まあ生きてりゃこれくらいの悪態はつきたくなるときがあるわけで、
まして家族の間なら容赦はなくなる。
もちろん、声に出していうことはあんまりない。
そっと心の中にしまっておくわけだが、
つい態度に出ちゃう事って、あるかもね。
って、誰かが言ってました。(←この部分は、いいわけ)
ハイバイ「て」は、家族の物語。
寝たきりのおばあちゃん、その死をきっかけに、
崩壊していた家族が集まろうとして、結局失敗する話。
ぶっきらぼうでシニカル、すぐキレる兄、
きれいごとばかり言う姉、
青臭く兄に突っかかっていく弟、
なにも知らないフリをして関わろうとしない妹。
そして家族を暴力で支配していた父と、
その父に対抗しきれずに今まで生きてきた母。
衝突しないわけがない。
ただ、その衝突とすれ違いにも、それぞれの思いや事情がある。
たとえば兄がぶっきらぼうなのは、なるべく人を傷つけないようにするためだし、
すぐキレるのは、誰よりもおばあちゃんっ子で、おばあちゃんの尊厳を守るためだった。
姉がきれいごとばかり言うのは、自分に自信がないからだったりする。
ハイバイの芝居は、同じシーンを二つの視点から演じることで、
起こったことの「ウラの機微」を観客に示していく。
そうはいっても基本、人は理解しあえないわけで、
冒頭あげたような悪態(誤解を含めた他者への不満)が、
「そうか、ウラでおまえはそんなこと考えていたんだな」みたいな、
理解・共感に変わることって、現実にはそうそうない。
この芝居だって、みんな理解しあえないまま、終わっていく。
それぞれが何を考えて行動したり、発言をしたのか、
あの時なぜ、兄貴はキレたのか。全員の事情を知っているのは、
視点と時間軸をずらしながら事の推移を見つめている観客だけだからだ。
全ての人の「裏の機微」がわかったら、争いなんて起きないんだけど、
そんなことはあるはずもなく、つまりこれがフィクションなのだ。
でも、そのフィクションのような夢をみたいと思う人も、当然いるわけで。
父親の歌う「リバーサイド・ホテル」にあわせ、皆が集まって肩を組み、
声を張りあげ、笑いながら歌う。
それは母親の見た幻影で、彼女はその幻を見ながら、泣く。
ちょっとずつ悪くて、ちょっとずついい、わかりあえない人たち。
その群像が、美しい。
紹介演劇データ
- タイトル:「て」
- 劇団名:ハイバイ
- 作・演出:岩井秀人
- 公演日:2009年10月
- 劇場:東京芸術劇場・小ホール(池袋)





