「ソコバケツノソコ」 黒田 育世×飴屋 法水
観客に踊らされる、舞台に踊らされる。
黒田育世の「バケツノソコ」には「なにもない」があった。
ダンスカンパニー・BATIKの黒田育世と、
「転校生」、「4.48サイコシス」の飴屋法水が作り上げた
新作「ソコバケツノソコ」。
はじめは、何もない空間。
客席を取り払ったフラットな劇場の床には、
チョークでいくつかの図形が描かれているだけ。
その周りを、観客が何重にも取り囲む。
後ろから、客の間を通って、黒田が入ってくる。
何かを確かめるように、劇場をゆっくり一周して、中央に戻ってくる。
突然、「バラッ」という大きな音。
上から何足もの靴が降ってくる。
どれか一足を選ぶということは、他の全てを捨てるということ。
でも、靴をはいたら、踊れるようになった。
踊りのテーマあるいはモチーフは、
すこぶる個人史にまつわるもののように見える。
黒田さん自身に対するインタビューの音声が流れ、
昔の写真がスライドに映しだされる。
子どもの頃から習っていたクラシックバレエの衣装に身を包む。
マイク片手に突然出てきた男に、「ずっと泣き続ける」人生だったことを、
責められるように指摘される。
踊る黒田さんの傍らで椅子に座ってじっと観ている老婦人は、
どうやら母親らしい。
自身の「記憶」に囲まれ、時には攻撃され、時には包まれ、時には見守られ、
黒田さんは踊り続ける。
踊りの終盤、最も心を動かされた場面がある。
舞台の中央に立ち、
「私の名前は...」
「私の名前は...」
「私の名前は...」
と、つぶやき続ける。
でも、その後に続いたのは「黒田育世です」ではなかった。
「私の名前は、カジタ〇〇さん、です」。
それは観客の名前だった。
そういえば、さっき観客の一人に、名前を聞いていた。
舞台に立って踊っている黒田さんは、
舞台に踊らされている。
観客の前で踊っている黒田さんは、
観客に踊らされている。
それはちょうど、縁日の「型抜き」のように一体になって形を作っている。
どちらが主で、どちらが従ということはない。
極限まで体を酷使し、自分を追い詰めた果て、
「バケツノソコ」に待っていたのは、
「黒田育世」ではなかった。「自分」ではなかった。
というか、なにもなかった。「バケツノソコ」には、穴が空いていた。
そこからスタートする。
だから、舞台に踊らされる。それを受け入れる。
だから、他人の名前を借りて踊る。他者を受け入れる。
環境とは、自分以外のすべてだ。
だから本当の自分は、環境の中にいる。
紹介演劇データ
- タイトル:「ソコバケツノソコ」
- 振付・出演:黒田 育世
- 演出:飴屋 法水
- 構成:黒田 育世 / 飴屋 法水
- 公演日:2010年1月
- 劇場:シアタートラム(三軒茶屋)





