『ヤノマミ』 国分 拓
人間は、ダニだ、ノミだ、精霊だ。
NHKで放映されたドキュメンタリー映像「ヤノマミ」を見た衝撃を、
何人かから聞いた。
誰も、同じ表情で伝えてくれた。
誰もが、同じシーンを話した。
神々しいものに触れたという顔で。
ひょっとして、好奇なミーハーの表情になっていないか、
ときに、自分の顔を探るような表情で話してくれた。
それは、ヤノマミの女性の出産にまつわるシーンだ。
著者は、NHKのディレクターとして、
「奥アマゾンで1万年にわたり独自の文化と風習を守り続ける人びと」ヤノマミと
百五十日間、いっしょに暮らす。
その百日目、出産現場に初めて立ち会う。
ヤノマミの女性は陣痛が始まると、家を出て森に入る。
十四歳のローリーは、父親が分からない子供を身ごもり、
四十五時間の陣痛に耐えて、やっとこどもを産み落とした。
ローリーはすっかりやつれていた。暗い表情のまま俯いていた。
その傍にこどもが転がっていた。女の子だった。
こどもは手足をばたつかせていた。ローリーの母親が来て、
産まれたばかり子どもをうつぶせにした。そして、すぐにローリーから離れた。
子どもの前にローリーだけが残された。
ヤノマミの女たちが見守る。
一瞬嫌な予感がしたが、それはすぐ現実となった。
暗い顔をしたローリーは子どもの背中に右足を乗せ、両手で首を絞め始めた。
筆者は、なんとか、見つめ続けるように自分に言い聞かせた。
彼女は表情を殆ど変えなかった。憔悴しきっていたのかもしれない。
暗い顔を子どもの方に向けながら子どもを絞め続けていた。
そして、
小さな子供たちも集まって来て、親の陰に隠れるようにして、
ローリーの行為をずっと見つめていた。
それは、女だけの儀式のようにだった。
その長い儀式は、天に還された子どもの亡骸がバナナの葉に包まれた時、終わった。
その亡骸は、ローリーの母親と姉によって、
二人は亡骸を納める白蟻の巣を森に探した。二人が選んだのは木の上にある巣ではなく、
地面から盛り上がるように作られた円錐形の巣だった。
その白蟻の巣は六十センチほどの高さがあり、こんもりと膨らんでいた。
ローリーの姉が白蟻の巣に縦長の切れ目を入れ、その中に嬰児の亡骸を納めた。
産まれたままの子どもは、人間ではない。
まだ精霊だ。
母となるものが、手に抱きしめると、人間となる。
精霊か、人間か。
それは、母となる女性の判断にゆだねられる。
女たちが、何を基準に決めるのか、部外者にはわからない、
問うこともできなかった。
分かっているのは、ヤノマミの一万年以上続く風習であること。
ヤノマミでは、子どもは亡くなったのではない、
精霊になったと考える。
長老は言う。
地上の死は死ではない。
私たちも死ねば精霊となり、天で生きる。
だが、精霊にも寿命がある。
男は最後に蟻や蠅となって地上に戻る。
女は最後にノミやダニになり地上に戻る。
地上で生き、天で精霊として生き、最後は虫になって消える。
人間もダニもノミも、いっしょなのだ。
天も地も、いっしょなのだ。
人間の生命観や死生観などのレベルではない。
ヤノマミは、人間も一つの生命と見た宇宙観なのか。
読後、一瞬、頭が真っ白になった。
立ち上がった後も、何も見えない三回戦ボクサーのような気分になった。





