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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2010年6月30日

『フットボールの犬』 宇都宮 徹壱

筆者:おっちゃん「サッカー文化」というなら、必読の書。

「わたしは、フットボールの犬だ。」と著者は、名乗りを上げる。

     私はフットボールを愛する写真家である。
     ただし、写真だけでは食えないので、モノ書きも兼任している。
     そんなわけで、肩書は「写真家・ノンフィクションライター」なのだが、
     実際には、同業者が決して足を踏み入れないような辺境の地をほっつき歩いては、
     フットボールに興じる子供たちや、
     「わが街のクラブ」に情熱を注ぐ大人たちにレンズを向け、
     シャッターを切ることを生業としている。
フットボールの犬は、嗅ぎまわる。
あえて、ヨーロッパのサッカー辺境の地をうろつき回る。

まずは、アイルランドの不思議から。
     なぜ、アイルランドには、フットボール協会が
     ふたつあるのか(IFA=ベルファストのフットボール協会、
     そしてFAI=在ダブリンのフットボール協会)。
     なぜ、それぞれの協会は、独自の代表チームのリーグを持っているのか。
     なぜ北アイルランド(IFA)だけが、イングランド、スコットランド、ウエールズト同じ、
     栄えある英国4協会の一員なのか、などなど。
さらに、アイルランドには、もっとおかしなことがある。

アイルランドは、1922年、英国から独立した。
しかし、北東部アルスター9州のうち6州は、連邦への残留を決める。
アルスターには英国からの入植者が多く、プロテスタントが多数派を占める。
カソリックを国教とするアイルランドに吸収されることはリスクが高い。
宗教が、「ふたつのアイルランド」を生み出した。
     私がアイルランドに惹かれていたのは、結局のところ、
     ひとつの島に、ふたつの協会、ふたつの代表チーム、
     そしてふたつのリーグが存在する不思議さに尽きる。
著者は、そのアイルランドの生意気にも「プレミアリーグ」と呼ばれている
トップリーグの取材に赴く。
ホームのセインツが、ローバアーズを迎えての「ダブリン・ダービー」。

意気揚々、著者はセインツのホーム「リッチモンド・パーク」に向かう。
けれど、歩けども歩けども、スタジアムは姿を現さない。
セインツのサポーターらしいき人影を見つける。
     だが、彼らが吸い込まれてゆく小さな赤い門の向こう側には、
     やはりスタジアムらしきものは何にも見えない。
次第に不安な気持ちが募ってゆくが、
     門をくぐって、よくやく状況が理解できた。
     リッチモンド・パークは、地面を穿ったような、
     さながら巨大な竪穴式住居跡のようなスタジアムだったのである。
     外壁は存在せず、スタンドの向こう側には民家が軒を連ねている。
     おそらく住民は、窓から無料観戦できるはずだ。

北アイルランド・アルスター6州の中の街「デリー」には、
本来所属すべき北アイルランドリーグではなく、
なぜか隣国アイルランドリーグに「越境」して活動を続けているチームがある。
地元クラブのデリー・シティFC。
「越境」には理由がある。そのわけを捜し求めて、犬はうろつく。
     石畳の坂道をトボトボとあるくうちに、ふいに私は、
     おそらくこの街で唯一であろう、なんとも鄙びたスポーツ洋品店を発見した。
     「サッカー・プラネット」という看板を掲げる、その店のウインドウには、
     禿げ頭のマネキンが赤と白のストライプのレプリカを着て、
     あらぬ方向を凝視している。
デリー・シティのグッズを扱うショップの店主、
「何とも無愛想な感じの太った初老の男」は、
「72年まで、私はデリー・シティFCのGKだった」と告げた。

店主によると、
デリー・シティは1928年に設立、翌年に北アイルランド1部リーグに加入、
リーグ優勝、カップ優勝も果たす中堅チームとなった。
しかし、カソリック系住民とプロテスタント系住民との抗争が激化、
ついに72年、カソリック系のデモ隊に英国軍が発砲し、14人の犠牲者を出した
「血の日曜日事件」が起こる。
この事件を受けて、北アイルランドのクラブが、
デリーでのゲームを一斉に拒否し、デリー・シティは孤立し、
72年、活動停止に追い詰められる。

それから13年、散り散りになった元プレイヤーたちが立ち上がり、
デリー・シティは復活する。
北アイルランドではなく、アイルランドリーグの一員として。

アイルランドのように、サッカーにまつわる宗教の影を、
トルコのように、国際テロにもめげないサッカーへの思いを、
フェロー諸島のように人口40万人足らずの国のWカップへの夢を、
「フットボールの犬」はくわえて帰ってきてくれる。

ひょっとしたら、Wカップから遠く離れた辺境の地でこそ、
サッカーの夢が生きているのじゃないか。