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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2010年7月28日

『からだは星からできている』 佐治 晴夫

筆者:おっちゃん太陽系家族の記念写真。

ボイジャーが飛び立つとき、著者は、NASAの職員だった。

ボイジャーの旅は、一九七七年から始まった。
アメリカ合衆国フロリダのNASAの宇宙基地から飛び立った。
     太陽系・外惑星探査を目的として、ボイジャー1号、2号が
     未知の宇宙へと旅立っていきました。
     今でも目をつぶると、そのときの情景が思い出されて、
     何か、涙が零れ落ちそうな気持ちになります。
打ち上げから二年後の一九七九年には木星に接近して、
衛星イオに活火山があるという衝撃的な写真を送ってくる。
     それは、まるで、サン=テクジュベリの"星の王子さま"の星を
     思わせる風景でした。
そして、その二年後には、土星に接近した。
     氷の粒や小さな岩石でできている美しい輪に、
     謎のまだら模様「スポーク」があることを発見し、
     さらに、衛星タイタンには大気があり、その下には海のようなものがあって、
     未知の生物がいるかも知れない、という期待を抱かせるような発見もしました。
さらに、一九八六年には、天王星に接近。
     土星のような輪があることや、その衛星ミランダには、
     たくさんのクレーターや渓谷、絶壁などがあることを詳細に報告してきました。
     一九八九年には、太陽系最果ての惑星、海王星に接近しました。
     そして、まるで、サファイアのように青くて美しい画像が送られてきたとき、
     それまで固唾をのんで見守ってきたNASAの管制室が、
     歓声で沸き返った日のことが忘れられません。
その後、衛星トリトンには氷が噴出している「氷の火山」があることを発見して、
ボイジャーは、その使命を終える。
     遠ざかるボイジャーから送られてくる海王星の映像が、
     時々刻々と小さくなっていくのを見ながら、私たちの太陽系をあとに
     帰らぬ旅についたボイジャーとの別離を想い、万感胸に迫るものがありました。
     <航海者>=<ボイジャー>と名付けられたその探査機は、
     私たちの目となり、耳となり、そして足となって、たくさんの情報を集め、
     はるかなる宇宙へと旅立っていったのです。
その翌年、一九九0年二月十五日、
自分を生み出してくれた"お母さん"がいる地球からの呼びかけに、ボイジャーは振り返る。
そして、太陽系全体の"家族写真"を取ることに成功する。
     光の速さで走っても、四時間十五分もかかるほど遠い太陽系のさいはて、
     六十五億キロメートルの彼方から振り返ったのです。
その写真には、太陽の光に照らされて針の先ほどに小さく光る青い地球が写っていました。
     太陽系の家族写真、その写真は、学術研究のためではなく、
     ただ、私たちの地球が、太陽系の第三惑星であり、
     そこに私たちが確かに生きているという存在証明のために撮られたのでした。
今も、ボイジャーは、地球からおよそ百五十億キロメートルのかなたにあり、
時速五万四千キロメートルのスピードで、地球から遠ざかっている。
     そして、恒星風の情報などを懸命に送り続けています。
     その電波の強さは、一万キロメートル離れたところを飛ぶ
     蚊の羽音くらいの微弱な信号ですが、私たちはそれに聞き耳を立てています。

ボイジャーを見送り続ける人間が、いる。
地球のどこかで、見えないボイジャーに「おはよう」と挨拶する人間がいる。
理由の分からない感動を覚えた。