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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2010年8月04日

『「監督を決める」仕事』 祖母井 秀隆

筆者:おっちゃん応援は、人のためならず。

祖母井(うばがい)さんの本を読むのは、『祖母力』に続いて2冊目。
祖母井さんは、ジェフ市原(現在は、市原・千葉)のGMとして、
彼のオシムさんを監督として招聘されて、
サッカーファンに名をとどろかせることになった。

先週、ゼルビアの唐井GMにお願いして、
ジェフのスタジアムやクラブハウスを見学できるように労を取っていただいた。
唐井GMは、祖母井さんが、
グルノーブル・フット38のGMとして転身された後任として、
ジェフのGMに就任された方。
スタジアムのそこら中で、
敵味方の選手、フロント、記者の方につかまり、会話が弾む。
そんな唐井GMのお陰で、普段では覗けない裏方まで見せていただいた。

食堂を拝見したとき、選手の食事管理に話が及び、
「北村さん」という名前が出てきた。
始めて聞く名前だが、みんなその名前を親しみを込めて話している。
どうも寮長らしい。
その方は、この本にも登場して、人となりを知った。

北村さんは、ジェフが舞浜から市原に移転してから、
選手寮の寮官になられた方。
舞浜の頃は、門限は11時なのに、選手は夜遊びで、朝帰りは珍しくない。
生活は乱れていた。
それは、グランドのプレイにも直結していて、ジェフは1部降格の危機にあった。
しかし、北村さんは、生活の面からチームを立て直してくれた、と
祖母井さんは高く評価する。
     北村さんは、食道、食の道の人なのです。
     それを選手たちに話してくれるのです。
     彼が食にかける生き方を、選手たちに示してくれるのです。
北村さんは、寮に寝泊まりし、選手が体調を崩した時は、
献身的に看病もしてくれる。
「北村さんが戻ってきたから、1部に残留した」とまで言い切れるほど。
     ところが、悲しいことに、クラブの中で
     そういう人たちへの評価が低いのも事実です。
2003年春、オシムを監督に招聘する為に、
オーストリア・グラーツへの出張に、寮官の北村さんを同行させる。
それは、北村さんへの信頼だけでなく、
「クラブが、チームが強くなるというのは、選手だけでなく、
それをサポートしてくれている人がいるからなのです。」と、
クラブへの祖母井さんのメッセージだったのかもしれない。

唐井GMも、ジェフのクラブハウスのランドリー室で強調した。
「よく見ておいてくださいよ。この広いランドリー室。
これは、贅沢じゃないんですよ。
フロントの人には、なかなか理解されないのですが。」

サポーターの話も印象に残った。
祖母井さんの知り合いのスロベニア出身のブランコ・エルスナーさんが、
ベガルタ仙台(当時2部)の監督を務めていた時のこと。
チームは不振にあえいでいた。
そのとき、祖母井さんに、
「もうできない。サポーターを裏切ることはできない」と
悩みを打ち明けた。
     例えばホームで3試合負ければ、ヨーロッパでは監督が解雇されるのは当然
     ということになりますけれど、仙台ではサポーターの反応は静かで、
     むしろ監督を応援するものだったのです。
     そのことにカルチャーショックを受けられて、
     耐えられなくなり、結局辞任されたのです。

しかし、ヨーロッパでも、グルノーブルのサポーターは少し違う。
2009/10シーズンは、開幕以来11連敗を喫した。
監督もサポーターもナーバスになっていた。
ところが、ホームの次の試合のキックオフ前に、
     サポーターが、監督のファーストネームの入った横断幕を掲げて
     「メシャ- 我々は、あなたの味方!」とコメントを出したのです。
しかも、横断幕を広げていたサポーターは、チームの応援歌も歌いだした。
ところが、その歌の途中で失点してしまう。
もう誰も歌えなくなった。
     すると、周りにいた今まで歌っていなかった観客たちが
     歌の続きを歌い出したのです。
サポーターは、とどのつまりは、誰かのために歌うのではない。
自分のために歌い、祈るのだ。

ゼルビアを応援していれば、素直にわかる。