『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』 村上 春樹
時の歌を聴け。
村上春樹の本をはじめて読んだ。
正しく言うと、はじめて読みとおした。
しかも、読む動機は、
『村上春樹』ではなく、『ウイスキー』と言うテーマにある。
村上春樹の愛読者には、
それは村上春樹に対する冒涜である、と叱られるかも知れないが。
でも、『村上春樹』の文章と『ウイスキー』は、よく合いますね。
香り高いウイスキーを味わうように、
シングル・モルト・ウイスキーの聖地・アイラ島とアイルランドを訪ねる旅日記を読みました。
アイラ島のシングル・モルトのほとんどは、
『ジョニー・ウオーカー』『カティーサーク』『ホワイト・ホース』など有名なブランドとして、
ブレンディッド・ウイスキーになる。
アイラ島の人は、当然、シングル・モルトを楽しむ。
ブレンディッド・ウイスキーは飲まないのか、と春樹が、土地の人に聞くと、
相手はいささかあきれた顔をした。
たとえて言うなら、結婚前の妹の容貌と人格について、
遠まわしなけちをつけられたような顔をした。
そして、きっぱりと、と飲まないと言った。
その理由は言うまでもない。
「天使が空から降りてきて美しい音楽を奏でようとしているときに、
テレビの再放送番組をつけるようなものじゃないか。」
アイラ島には、七つの蒸留所がある。
春樹は、小さなパブのカウンターに七種のシングル・モルト・ウイスキーを
「癖の強い」順に並べ、テイスティングにかかる。
気持ちよく晴れた六月のある日の、午後の一時に。
この一節、たまらなくいいですね。
最初のアードベッグは、「いかにも土臭く、荒々しく」
真ん中のボウモアになると、「ほどよくバランスがとれて」
でも、七つのモルトのすべてに「アイラ臭さ」の刻印はある。
ボウモア蒸留所のマネージャーのジムは言う。
ジムは、樽職人として、スタートした。
「アイラでは樽が呼吸をするんだ。
倉庫は海辺にあるから、雨期には樽はどんどん潮風を吸い込んでいく。
そして乾期(六、七、八月)になると、
今度はウイスキーがそいつを内側からぐいぐいと押し返す。
その繰り返しの中で、アイラ独特の自然なアロマが生まれていく。」
樽を仲介者に、潮風とウイスキーが戦っているのか、
あるいは、なごやかに会話を弾ませているのか、
その駆け引きは見えないけれど、人は、ただ時の仕業に身をゆだねるしかない。
ジムは、また、春樹に語りかける。
「僕は今こうして作っているウイスキーが世の中に出て行くとき、
あるいは僕はもうこの世にいないかもしれない。しかしそれは僕が造ったものなんだ。
そういうのって素敵なことだと思わないか?」
人は、ただ時を信じて、仕込み、ひたすら、待つ。
ウイスキーづくりは、人を自然の一部にさせる。





