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    <title>おっちゃんの「感想・鑑賞録」</title>
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    <title>『ソーネチカ』リュドミラ・ウリツカヤ（訳：沼野恭子）</title>
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    <published>2012-02-01T04:32:36Z</published>
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    <summary>悲しみの喪失法久しぶりに、本の帯に魅かれて買った。「なんとういう悲しみ、なんとい...</summary>
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        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>悲しみの喪失法</strong><br /><br />久しぶりに、本の帯に魅かれて買った。<br />「なんとういう悲しみ、なんという幸福感<br />人間を祝福する上で、これ以上正しいやり方があるだろうか。」という、<br />名翻訳家・柴田元幸さんの推薦文。</p>]]>
        <![CDATA[帯の文章は、こう続く。<br />　　　　　本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカ。<br />　　　　　最愛の夫の秘密を知ったとき彼女は...。<br />本を読み終えて、秘密は想像通りだった。<br />妻以外の女性と性的な関係になる。<br />しかも、その女性は、ひとり娘の友達だった。<br /><br />主人公ソーネチカの夫ロベルト・ヴィクトロヴィッチは、<br />パリで画家として嘱望された地位を捨て、<br />政治思想の問題でロシアに逃れてきた。<br />　　　　　光のまぶしさに方向を失ったが蛾が飛ぶときのようにジグザグを描いて、<br />　　　　　ユダヤ学から数学へ、それから生涯で最も大事な仕事へと<br />　　　　　（彼自身の言い方を借りれば、絵の具を塗りたくるだけの、<br />　　　　　無意味だけれどやりがいのある仕事ということになる）、<br />　　　　　そのたびごとに楽しくも劇的に変化した（略）<br />現実よりも、本の世界で生きてきたと言えるほど、<br />読書が大好きなソーネチカの世界は、<br />　　　　　見も知らぬ人たちが本に書いたさまざまな虚構を養分にしてできあがっており、<br />　　　　　作り物の魅力でいろどられていた。<br /><br />ロベルト・ヴィクトロヴィッチは、<br />　　　　　立体の展開をイメージできる一種独特の才能や、空間と平面の関係に対する<br />　　　　　見事な感覚が花開いたわけだが、一枚のまっさらな紙を切りぬき、<br />　　　　　あっちを少しへこませたり、こっちを折りまげたり、裏返したりして仕上げる作品は、<br />　　　　　風変りで、目をそらすことができないほど魅力的で、なんと呼んだらいいのか、<br />　　　　　これまで自然界にまったく存在したことのないものだった。<br />放浪の果てに、芸術家としての道に戻った。<br />ソーネチカは、<br />　　　　　女としてロベルト・ヴィクトロヴィッチに寄せる信頼には、際限がなかった。<br />　　　　　いったん夫に才能があると信じてからは、夫の手で生みだされるものを<br />　　　　　何から何まで、うやうやしく賛嘆してやまなかった。<br /><br />ヴィクトロヴィッチは、娘の友達を女性として、モデルとしても愛した。<br />そのおかげで画家として復活し、ソーネチカは、夫を失った。<br />だが、ソーネチカは思う。<br />　　　　　人生ってなんてうまくできているんだろう、老年にさしかかって<br />　　　　　あの人にこんな奇跡がおとずれて、あの人のなかの一番大事なもの、<br />　　　　　絵の仕事にもう一度立ち戻らせてくれたなんて<br /><br />世間の常識で言えば、これは、たいへんな裏切りだ。<br />けれど、ソーネチカは、恨みよりも、祝福を送る。<br />夫にとって、自分と暮らすよりも、<br />新しい女性により、画家として復活する方が素晴らしい人生であると認める。<br /><br />それは、自分自身を否定することではない。<br />いままでの暮らしを悔やむことでもない。<br />すべてが「肯定」されている。<br /><br />アリを思い出す。<br />アリは戦いの最中に、敵に餌を求められたら、口移しに与えるという。<br />（いつも、アリの食事は口移しだが）<br />そこから、アリにとっての快楽は、<br />食事することではなく、「与える」ことだとの仮説が生まれた。<br />（たぶん、誰も確認のしようはないが）<br /><br />ソーネチカは、アリか。<br />いやそれとも、人が望むことを見つけて、それに突き進む。<br />この「肯定的意志」を、すべて「肯定」しようという考えの表れか。<br /><br />「肯定」を、自己の常識（損得）で「否定」しない。<br />自意識で自分を守るよりも、自分を世の中に預ける。<br />それが、最上の「幸福感」なのか。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/a7833706-fa88-4327-af29-b6f408c37115"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fa7833706-fa88-4327-af29-b6f408c37115&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『その「正義」があぶない』小田嶋 隆</title>
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    <published>2012-01-25T04:49:32Z</published>
    <updated>2012-01-25T04:50:50Z</updated>

    <summary>首謀者は、誰だ！原発事故、その対応、放射能汚染の状況、東電や政府発表は、ウソだら...</summary>
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        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>首謀者は、誰だ！</strong><br /><br />原発事故、その対応、放射能汚染の状況、<br />東電や政府発表は、ウソだらけだった。<br />化けの皮は、はがされてきた。<br />正確にいえば、剥がしてきた。</p>]]>
        <![CDATA[頃合いを見て、下々がパニックにならず、<br />冷静に判断できるようになった頃を見計らって。<br />冷静にとは、<br />忘れたい人は忘れたふりができ、<br />忘れられない人は、孤立感で隅に押しやられてから。<br /><br />小田島さんは、昨年の「5月17日」に書いていた。<br />水素爆発がしたころ、<br />　　　　　政府の人間が心配していたのは、株価の暴落だとか、<br />　　　　　首都圏における消費活動の空洞化とかいった、<br />　　　　　いずれにしてもカネにかかわる問題だ。<br />　　　　　命がけの場面で、あの人たちは、金勘定をしていたわけだ。<br />　　　　　で、狼が来るという噂で街が空っぽになるのを恐れて、<br />　　　　　「あれは犬ですよ」<br />　　　　　という情報を流し続けていたのである。<br />　　　　　で、いまになって、<br />　　　　　「あれは、実は狼でした」<br />　　　　　と言いはじめている。<br />　　　　　「でも、大丈夫。鎖でつないであるから」<br />小田島さんは、このように茶化すけれど、<br />権力者は、この対処の正当性を巧妙に世の中にひろめようとしている。<br />「2011年の流行語大賞」に、それを感じた。<br /><br />先のブログでも書いたけれど、<br />10の受賞語のうち、震災関係は、半分の5つ。<br />「3.11」<br />「絆」<br />「帰宅難民」<br />「こだまでしょうか」<br />「風評被害」<br /><br />原発事故の匂いがするのは、「風評被害」だけなんですね。<br />「メルトダウン」でも「除染」でも「シーベルト」でも「20キロ圏内」でもなく。<br />張本人がいないのに、<br />トカゲのしっぽのように差し出された「風評被害」。<br /><br />「風評被害」だから、被害者はいる。<br />福島の人々、農産物、捨て去られた家畜などですね。<br />では、加害者は、誰ですか。<br />東電ですか、原発を安全だと言い切ってきた政府ですか。<br />違いますよね、<br />加害者は、われわれです。<br />情報を正確に収集して、判断せず、<br />福島の人の困窮にも思いやらず、<br />時々の感情や利己心だけで動いているわれわれですね。<br />そう、責められているのは、<br />われわれの「無知」と「身勝手さ」です。<br /><br />「風評被害」と「帰宅難民」を足せば、<br />身勝手極まりない「東京人」が浮かび上がってきます。<br />見事に首謀者が消えています。<br /><br />権力者は、つねに大局を見ている。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/ae7e6c4a-3d9f-4780-a31d-2d5e46870a37"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fae7e6c4a-3d9f-4780-a31d-2d5e46870a37&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『福祉を変える経営』 小倉 昌男</title>
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    <published>2012-01-18T02:08:29Z</published>
    <updated>2012-01-18T09:26:18Z</updated>

    <summary>震災でなくすもの、出会うもの小倉昌男さんは、ヤマト宅急便事業をつくりあげた人。そ...</summary>
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        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>震災でなくすもの、出会うもの</strong><br /><br />小倉昌男さんは、ヤマト宅急便事業をつくりあげた人。<br />その過程で、硬直な官僚とやりあって話題にもなったから、<br />ご存知の人も多いだろう。</p>]]>
        <![CDATA[けれど、その人が、ヤマト運輸の会長を降りてから、<br />「障害者福祉」のために尽力された方だとは、<br />私は、まったく知らなかった。<br /><br />小倉さんは、一九九三年、ヤマト福祉財団をつくる。<br />　　　　　私自身が保有していたヤマト運輸の株式三〇〇万株のうち二〇〇万株、<br />　　　　　当時の時価総額で約二四億円を原資としました。<br />　　　　　ヤマト運輸にも財団設立に賛同をいただき、五億円ほどの資金を出してもらいました。<br />　　　　　その後、私自身が保有する株すべて福祉財団にそそぐことにしました。<br />持ち株のすべてを突っ込んで、財団を設立する。<br />ただ「ハンディキャップのある人たちに何とか手を差し伸べたい、<br />そんな個人的な気持ちからスタート」したが、<br />「実ははっきりした動機はありませんでした」と告白する。<br />その小倉さんに、はっきりした目的と具体的な活動をもたらしたのは、<br />「阪神淡路大震災」だった。<br />この時、障害者施設の連合体「きょうされん」の専務理事・藤井克徳さんと出会う。<br />　　　　　藤井さんに出会ったのは、一九九五年一月の阪神淡路大震災がきっかけでした。<br />　　　　　この地震で三二もの共同作業所が被害に遭ったのです。<br />　　　　　建物が崩壊したり、火事で焼けたり、部屋がぐしゃぐしゃになったり...。<br />　　　　　そんな被災した作業所を救うべく、支援センターが大阪に設置されました。<br />　　　　　そこにヤマト福祉財団は三〇〇万円の寄付を行ったのです。<br />藤井さんの手引きで、全国の障害者の作業所を見学する。<br />障害者が作業をしているが、「働く」とは、名ばかり、<br />一カ月の実入りは、「一万円ほど」。<br />障害者手当6万円何がしを支給されても、<br />八万円にも満たない収入で、どうして生活していけるのか。<br /><br />親がかりで暮らせるうちはいいが、親が死んだら、一挙に破綻する。<br />その現実を知り、小倉さんは思う。<br />障害者施設は、<br />　　　　　福祉の知識はあっても経営のことを知らない。<br />ならば、経営を通して<br />　　　　　障害者が月給一万円の世界から脱出するのを助けることは<br />　　　　　ヤマト福祉財団の事業としてふさわしいことではないか。<br />ヤマト宅急便と言う事業を成功させた小倉昌男は、<br />ご自分の得意分野である、経営の極意を障害者施設に移植していこうと決めた。<br /><br />真打のあとに、<br />アマチュア落語が出てくる以上に不躾なことだが、<br />私も、今度の東日本大震災をきっかけに、<br />障害者施設を運営する人と出会った。<br />「月収一万円を脱皮する」ために、懸命に奮闘している人だった。<br />その人を介して、志を共にする人も紹介していただいた。<br />金はなくとも、プランづくりやデザインでお役に立てそうな予感がする。<br />ただテレビに向かって文句を言っていても、心が塞ぐばかりだ。<br />何かに動き出せば、心が落ち着く。<br /><br />二〇一二年は、わたしにとって、とても大切な一年になる。<br />いや、そうしなければ、いけないと、<br />久しぶりに気負って、お屠蘇をいただいた。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/20280802-c4d9-41f9-81ad-d2c6c6da8b60"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2F20280802-c4d9-41f9-81ad-d2c6c6da8b60&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『人生に、寅さんを。』（『男はつらいよ』名言集1・2）</title>
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    <published>2012-01-11T02:04:59Z</published>
    <updated>2012-01-11T02:08:14Z</updated>

    <summary>『寅さん』は、年の瀬、ひとり鑑賞が似合う。新年を迎えましたが、年末になると、昔は...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>『寅さん』は、年の瀬、ひとり鑑賞が似合う。</strong><br /><br />新年を迎えましたが、<br />年末になると、昔はね、「寅さん」なんですよ。<br />わたしも、30歳代のはじめぐらいまでかな、楽しみました。</p>]]>
        <![CDATA[1980年頃、『男はつらいよ 寅次郎紙風船』の頃ですかね。<br />音無美紀子が、マドンナ役だったと思うけれど。<br />年末に「寅さん」の映画に行くときは、<br />なぜだか、日活ロマンポルノの映画館に潜り込むような、<br />気恥ずかしさがありました。<br /><br />愛だ、とか、恋だとかは、ただ気恥ずかしいだけだった。<br />　　　　　燃えるような<br />　　　　　恋をしろ。<br />　　　　　大声だして<br />　　　　　のたうち回るよな、<br />　　　　　恥ずかしくて<br />　　　　　死んじゃいたいよな、<br />　　　　　恋をするんだよ。<br />でも、そんな恋をしている奴もいるのかな、<br />ずいぶん恵まれたやつがいるな、<br />それは、モテル奴なんだろうな、<br />うらやましいな、という気持ちだけだった。<br /><br />一瞬慰められても、すぐ正気に戻ってしまうセリフもあった。<br />　　　　　自分を醜いって知った人間は<br />　　　　　決してもう醜くねえって。<br />きれいごと言うなよ、醜い奴は、どうしたって醜いよ。<br />アホな奴は、アホだよ。<br />気付いて多少はその分賢くなったか、分からないが、<br />どこまで行っても、多少の範囲だ。<br />賢い奴にはかなわない。<br /><br />人生の警句の方がしんみり来た。<br />　　　　　おてんとうさまは<br />　　　　　見ているぜ。<br />こども時代は、近所のお年寄りも、<br />なにか、あれば、こんなことを言っていた。<br />母親に連れって行ってもらって観た東映映画、<br />『一心太助』でも、しょっちゅう言っていた。<br />とても懐かしい。<br /><br />印刷工場の工員への檄も、寅さんの定番でした。<br />　　　　　労働者諸君、<br />　　　　　田舎の両親は<br />　　　　　お元気か。<br />　　　　　たまには手紙を<br />　　　　　書けよ<br />東北の中学を卒業して、東京の小さな工場に集団就職してくる、<br />イメージですね。<br />「労働者」という言葉は、その当時もそろそろ死語になりかけていて。<br />でも、まだそれを現実とする少年も存在していて、<br />とても切ないセリフでした。<br /><br />スカッと笑えるのは、<br />　　　　　理屈を<br />　　　　　言うんじゃないよ<br />　　　　　大事な時に!<br />隣りで観ていたおばあちゃんが、入れ歯が飛び出しそうなほど笑っていた。<br />　　　　　レントゲンだって<br />　　　　　やっぱりね<br />　　　　　ニッコリ笑って<br />　　　　　写した方がいいと思うの<br />　　　　　だって明るく<br />　　　　　とれるものその方が。<br />このセリフを聞いた時、<br />来年は、いいことあるような気分がした。<br /><br />「寅さん」のセリフで、<br />久しぶりに昔の年末を思い出しました。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/e0ec7a01-48b8-469f-ac43-ee2f9193228a"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fe0ec7a01-48b8-469f-ac43-ee2f9193228a&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『コミュニティデザイン』 山崎 亮</title>
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    <published>2011-12-21T06:14:05Z</published>
    <updated>2011-12-21T06:15:34Z</updated>

    <summary>「ハコものデザイン」はいらない。いま、ブランディングの仕事にかかわろうとしている...</summary>
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        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>「ハコものデザイン」はいらない。</strong><br /><br />いま、ブランディングの仕事にかかわろうとしている。<br />その組織の関係者に話を聞き、<br />コンセプトにまとめて、<br />スローガンをつくり、<br />マークをデザインして、と出来上がりを想像して、プレゼンする。<br />そこまで想像して、違和感を感じた。<br />なにか違う。</p>]]>
        <![CDATA[ブランディングとは、<br />社会を巻き込んだムーブメントであるはずなのに、<br />なんだか、発表と同時に「静止」した映像が浮かぶ。<br />ひょっとして、<br />プランをつくるところから、<br />主体者に参加させていないからじゃないか、と思った。<br /><br />いや、トップだけの意向じゃない、<br />現場とかの意見を聞いてますよ、<br />プランには、ちゃんと反映させてます、と言いたい。<br />その反映が、曲者なのか。<br />いや、参考意見ではなく、主体者そのものがつくる。<br />永続的な活動として作らなければいけないんじゃないか。<br />そんなことをモヤモヤと考えていたときに、この本に出会った。<br />たまたま、本屋で帯のフレーズが目に留まった。<br />「瓦礫と化したまちに残っていたのは人のつながりだった」<br />読みだすと、それは、今の課題にズバリ答えてくれる本だった。<br /><br />神戸市にある国営公園の中に、子どものための公園をつくる。<br />基本的なアプローチは、<br />　　　　　こどもの遊び場をおとながデザインするのではなく、<br />　　　　　こども自身が遊び場をつくることによって相互に理解したり<br />　　　　　楽しんだりするための仕組みをどうデザインするのかが大切。<br />使う人が、自分でプランを出す。<br />使い人が、口だけじゃなく、活動もしたくなるプランを出す。<br />すなわち、「自分の公園」だと認識させる仕組みつくり。<br /><br />山崎さんたちのグループは、<br />そのような仕組みをデザインして、<br />仕組みを上手に利用できるようにサポートする。<br /><br />兵庫県・姫路港の沖合に浮かぶ家島群島の街づくりは、<br />当然、住民が考え、行動する。<br />当然やりたいこと、やれることを考える。<br />公費の無駄遣いの典型と言われる「ハコもの」はつくらない。<br /><br />ブランディングだと言って、<br />マークをつくっても、それは、「ハコもののデザイン」かも知れない。<br />もっと動かすデザインにしなくては。<br />左甚五郎の木彫りの「ねずみ」のように。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/e5162bf7-3c5a-43dc-9e7f-e77f91161bff"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fe5162bf7-3c5a-43dc-9e7f-e77f91161bff&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『福島の原発事故をめぐって』 山本 義隆</title>
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    <published>2011-12-14T01:09:37Z</published>
    <updated>2011-12-14T01:11:38Z</updated>

    <summary>原発の思想。原子爆弾の唯一の被爆国である日本に、なぜ、原子力発電が生まれたのか。...</summary>
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        <category term="01-書籍" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>原発の思想。</strong><br /><br />原子爆弾の唯一の被爆国である日本に、<br />なぜ、原子力発電が生まれたのか。<br />この本を読んで、すっきりと胸に落ちた。</p>]]>
        <![CDATA[ふたつの思いが交差する地点に、原発はあった。<br />ひとつは、ヨーロッパで広がった<br />「人が自然の上位にあって、自然を人が制御する」という思想。<br />もうひとつは、日本の大国への渇望だった。<br /><br />一二世紀までのヨーロッパは、<br />自然の存在を、人間よりも上位に置いていた。<br />　　　　　サン・ヴィクトル修道院のフーゴは「業には三種類あり、神の業、<br />　　　　　自然存在の業、自然存在を模倣する技術者の業がそれである」と語り、<br />　　　　　そのさい「技術」が作るものは「まがい」であり自然に劣る<br />　　　　　不完全なものとしている。<br />しかし、ルネサンス期に、この価値観は逆転する。<br />　　　　　フィレンツエのプラトン・アカデミーの若き論客ピコ・デラ・ミランドラは、<br />　　　　　一五世紀末に有名な『人間の尊厳について』を著し「人間は偉大なる奇跡であり」<br />　　　　　「人間は、望むものを持ち、欲するものになることが許される」と宣言している。<br />　　　　　ピコにとって人間は、宿命を甘受する受動的な存在ではなく、自立的に決意し選択し<br />　　　　　主体的に世界に働きかける可能性を有する、神に許される存在であった。<br />その延長線上に科学技術による自然の征服という思想が登場する。<br />　　　　　機械論哲学の徒デカルトもまた、一六三七年の『方法論序説』で、<br />　　　　　新科学のもたらす「実践的な哲学」によって「私たちは自然の主人公で<br />　　　　　所有者のようになることができるでしょう」と語っている。<br />ついに、人間は、分子よりも小さい原子を発見し、<br />原子力を生み出すに至る。<br />自然を征服し、制御する自信に満ちて、原子爆弾や原子力発電を開発する。<br /><br />そして、日本では、<br />原子爆弾の唯一の被爆国でありながら、<br />なぜ、原子力発電を導入することになったのか。<br />それは、決して「クリーンなエネルギー」でもなく、<br />「効率的なエネルギー」でもなかった。<br />一九五八年、時の総理大臣である岸信介は、<br />原子力発電の意義について語る。<br />　　　　　日本は国家・国民の意志として原子力を兵器として利用しないことを決めているので、<br />　　　　　平和利用一本槍であるが、平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、<br />　　　　　兵器としての可能性は自動的に高まっている。<br />　　　　　日本は核兵器を持たないが、（核兵器保有の）潜在的可能性を高めることによって、<br />　　　　　軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を高めることができる。<br />原子力発電は、日本を核兵器の潜在的な保有国にする。<br /><br />それは、すなわち、日本を再び、大国にすることだった。<br />「憲法九条」ではなく、「核兵器による核抑止力」でもなく、<br />「核兵器の潜在的脅威」によって。<br /><br />エネルギー政策と軍需産業が、ひとつになって、強固な国策産業が形成された。<br />自然を征服するという人間の思想基盤の上に。<br /><br />福島の原発事故は、このふたつの思想・戦略に見直しを迫る。<br />答が出なくても、進む方向は明確になった。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/39b550c4-b224-420b-86fe-90928c3b2e7d"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2F39b550c4-b224-420b-86fe-90928c3b2e7d&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『ミラノ　霧の風景』須賀敦子</title>
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    <published>2011-12-07T01:41:47Z</published>
    <updated>2011-12-07T01:45:17Z</updated>

    <summary>霧の向こうの死者との語らいなんだか、胸が淀んできたら、須賀さんの本に手がいく。い...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>霧の向こうの死者との語らい</strong><br /><br />なんだか、胸が淀んできたら、須賀さんの本に手がいく。<br />いつも、手が届くところに置いている。</p>]]>
        <![CDATA[『ミラノ　霧の風景』は、須賀さんのデビュー作。<br />いまから、20年も前、1991年刊。<br />ミラノは、霧の深い街だったようで、<br />その霧の中から浮かび上がるように、<br />ミラノ時代に親しくした人が、浮かび上がり、<br />また、深い霧の中に沈んでいく。<br /><br />友人の姉夫婦は、フィレンツエの郊外で、<br />古い教会堂の堂守としてつつましく暮らす。<br />小さな農地で葡萄を育て、ぶどう酒をつくる。<br />できた葡萄酒を、リットル瓶に詰め替える。<br />　　　　　葡萄酒を九分どおりつめると、その上に何センチかオイルを入れる。<br />　　　　　これで外気を遮断できるわけだ。それでも、その上にまだ、<br />　　　　　古新聞をまるめて作った栓をする。どうしてかわかるか、と<br />　　　　　横でしゃがんで見ている私に、フィオーレがうれしそうな顔をしてたずねる。<br />　　　　　わからない、と答えると、ネズミさ、こうして栓をしとかないと、<br />　　　　　ネズミが来てシッポを瓶に入れてオイルを舐める。ほんとかなあ、と<br />　　　　　私は思いながら、目尻をしわだらけにして、歯のぬけた口を大きくあけて笑う<br />　　　　　日焼けしたフィオーレの顔を見つめる。<br />フィオーレとは、友人の姉の主人。<br />この夫婦は、貧しいけれど、いつも、笑いの中に生きている。<br /><br />また、ある友人は、大叔母からミラノ・スカラ座の桟敷席を相続した。<br />その大叔母は、<br />　　　　　ツアイスのオペラ・グラスを手に、よその桟敷にうちこぼれている著名な<br />　　　　　美女たちの陰口をたたくのをこよなく愉しんだ。『わるく言っときゃ、<br />　　　　　まちがいない』というのが大叔母の好きな地口のひとつだった。<br />どんな視線を受けようと、わたしは、わたしと、生きぬいていく。<br /><br />ナポリの大学に数ヶ月過ごしたときは、<br />たぶん、典型的な下町であろう「スパッカ・ナポリ」と言う名の通りで、<br />奇妙なおばさんを知る。<br />　　　　　彼女は毎朝、ガタガタになった古椅子を一脚、自分の家のまえの<br />　　　　　通りの中央に運びだして、それにドッカリと腰をおろす。<br />　　　　　当然、そこで私は、おしりもなにもすべて豊満で巨大な中年の女性を<br />　　　　　想像するのだが（もちろんそれはソフィア・ローレンでもいい）、<br />　　　　　スパッカ・ナポリは幅四メートルほどの、かなりせまい道なのである。<br />　　　　　オバサンがすわると、自動車はともかく、トラックは絶対に通れない。<br />　　　　　そこでオバサンは、私設通行税を徴収する。<br />昔、イタリア映画で親しんだ人たちが、登場する。<br /><br />しみじみと愉快な気分で読んでいると、ハタと気付く。<br />須賀さんのエッセイに流れる基調音に、<br />生きてあることのうつろさが流れる。<br />免疫学者の多田富雄さんが言うところの「露の身」。<br /><br />「鉄道員の家」の章の出だしは、<br />　　　　　夢うつつに、聞いている。車輪が軋む。少し前進する。また軋んで、<br />　　　　　止まる。機関車の音が一瞬、大きく息を吸い込むように強くなり、こ<br />　　　　　んどは行くかな、と思うと、また車輪が軋んで、列車は停まる。<br />　　　　　車輪の軋みが、まだ暗い部屋いっぱいに広がる。その繰りかえしが<br />　　　　　さっきからつづいている。もう少し眠っておかなければ、<br />　　　　　昼間の仕事にさしさわる。そう思っても、車輪の軋みが眠らせてくれない。<br />　　　　　ときどき、助けでも呼ぶように、列車はヒュウと甲高い汽笛を鳴らす。<br />　　　　　その音を聞いている自分が、だんだん前進を阻まれた貨物列車のような<br />　　　　　気持になって、ベッドの中で肩にちからをいれている。<br /><br />須賀さんのエッセイには、霧の中で立ち止り、<br />しばし死者と語らっているような時間が流れている。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/f2bbb82f-5b35-4d8b-98c4-37e3100b76f7"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Ff2bbb82f-5b35-4d8b-98c4-37e3100b76f7&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『露の身ながら ～往復書簡・いのちへの対話～ 』多田富雄 / 柳澤桂子</title>
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    <published>2011-12-01T01:52:41Z</published>
    <updated>2011-12-01T01:54:17Z</updated>

    <summary>「さりながら」の励ましこの本を読んで救われた。3月11日以降、日常感が希薄になっ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>「さりながら」の励まし</strong><br /><br />この本を読んで救われた。<br />3月11日以降、日常感が希薄になった。<br />強固な大地と思っていた地面は、もろい雲の上だった。<br />いつ、日常がなくなるのか。<br /></p>]]>
        <![CDATA[国際的な免疫学者にして、<br />新作能の作者、<br />稀代のエッセイストとして、人生を全速力でかけた多田さんは、<br />2001年5月、出張先で脳梗塞に倒れる。<br />声を失い、右半身不随になる。<br />リハビリを続け、わずか、1年もたたず、<br />パソコンを左手でたたいて、著作の場に戻る。<br />　　　　　「その時突然思いついたことがあった。それは、電撃のように私を襲った。<br />　　　　　なにかが私の中でぴくりと動いたようだった。<br />左手が動く。<br />　　　　　もし、機能が回復するとしたら、単なる回復ではない。それは新たに獲得するものだ。<br />　　　　　新しい声は前の私の声ではあるまい。新たに一歩が踏み出されるなら、<br />　　　　　それは失われた私の脚を借りて何ものかが歩き始めるのだ。<br />　　　　　もし万が一、私の右手が動いて何ものかを掴んだならば、<br />　　　　　それは私ではない新しい人間が掴んだはずなのだ。<br />元に戻るのではない。<br />新しく生まれる機能。<br />　　　　　新しいものよ、早く目覚めてくれ。それは今は弱々しく鈍重だが、<br />　　　　　無限の可能性を秘めて私のなかに始動しているように思われた。<br />　　　　　私には彼が縛られ、痛めつけられた巨人のように思われた。<br />東日本大震災の被災地の復興を思い浮かべた。<br />壊滅的な喪失は、創造で応えるしかない。<br /><br />遅々として進まぬリハビリに励みながら、<br />多田さんは、「露の身」と言う。<br />　　　　　一茶の俳句に、「露の世は、露の世ながら、さりながら」というのがありますが、<br />　　　　　今はそんな心境です。<br /><br />左手が動いたって、<br />走れたって、<br />いつもと変わらぬ今日であっても、<br />私には、東日本大震災以降、はかなさが付きまとう。<br />「露の身」だ。<br /><br />でも、「露の身ながら さりながら」だ。<br />「さりながら」、「そうであるからこそ」と思い直すと、<br />やるべきことは、自分の欲の追求ではない。<br /><br />誰かのために、誰かの喜びのために。<br />それが「露の身」から少しでも救われる道のように思えてきた。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/a7d80991-f84b-439c-b971-fded57be0149"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fa7d80991-f84b-439c-b971-fded57be0149&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『春を恨んだりしない ‐ 震災をめぐって考えたこと』池澤夏樹（写真：鷲尾和彦）</title>
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    <published>2011-11-24T00:56:12Z</published>
    <updated>2011-11-24T01:02:18Z</updated>

    <summary>政府より、自分を恨め。著者は、あとがきで言う。　　　　　ぼくは震災の全体像を描き...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>政府より、自分を恨め。</strong><br /><br />著者は、あとがきで言う。<br />　　　　　ぼくは震災の全体像を描きたかった。自然の脅威から、<br />　　　　　社会の非力を経て、一人一人の被災者の悲嘆、<br />　　　　　支援に奔走する人たちの努力などの全部を書きたかった。<br />ぼくだって、知りたかった。<br />震災の全体像を。<br /></p>]]>
        <![CDATA[全体像の一つは、地震に合った人間の怯えか。<br />著者は、仙台に住む叔母を函館に避難させたあと、<br />その空になった叔母の家を、しばらく取材のための宿に使った。<br />そのとき、大きな余震を経験する。<br />　　　　　朝になって明るくなってから見ると、電子レンジとオーブントースターと<br />　　　　　炊飯器が床に散乱していた。それはただ棚に戻せばいいが、<br />　　　　　楕円形のガラスの盆が落ちて粉々に割れていたのは始末しなければならない。<br />　　　　　一つ一つ破片を拾って新聞紙に包み、最後は微細なガラスの粉を<br />　　　　　ウエットティッシュに吸着した。我が些細な瓦礫撤去だった。<br />たかが、ガラス盆が砕け、ガラスが粉々に散っただけだ。<br />それでも、人は、「我が些細な瓦礫撤去だった」と<br />自嘲的な表現をするように、たまらない切なさに襲われる。<br /><br />さらに、やはり、原発の問題だ。<br />　　　　　日本列島は細く長く、ほぼ東北から南西の方角を軸として弧状に伸びており、<br />　　　　　花綵列島という美称がついている。<br />安定した運営をするためには、地盤が不安定すぎるのだ。<br />　　　　　最近の科学はこれをプレートテクトニクスで説明する。<br />　　　　　地殻は複数のプレートから成っている。プレートは動く。<br />　　　　　ある場所で深部から生み出されて、水平に移動し、ある場所で深く沈み込む。<br />　　　　　二つのプレートが接する境界線では一方が他の下に潜り込んだり、<br />　　　　　正面衝突して隆起したり、いろいろな現象が起こる。<br />地震の発生率を比較しても、<br />　　　　　二〇一〇年に日本の気象庁が震源を確定した地震は十二万個を上回った。<br />　　　　　しかし、隣の韓国ではせいぜい年間四十個程度であるという。<br /><br />なのに、原発は、安全だと言いきった。<br />　　　　　だから事故が起こった際のマニュアルも用意しなかった。安全である以上<br />　　　　　そういうものをつくるのはおかしいと外部から批判されるのを恐れたのだろう。<br /><br />飛行機だって、車だって、著者が言うように、絶対安全という訳ではない。<br />社会的なメリット・デメリットと秤にかけたとき、<br />メリットが大きいと言うだけだ。<br /><br />ただ、今にして思うと、<br />原発＝安全と言わざるを得なかった。<br />それは、原発の事故は、時間的・空間的に致命傷になるからだ。<br /><br />火力発電所や飛行機や車と違って、時間・空間を限定した被害ではない。<br />そのことを知っているから、<br />原発は絶対安全であるしかなかった。<br /><br />われわれは、こんな単純な嘘を見破れなかったのか、<br />見破りたくなかったのか。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/b19fb247-8af9-48ec-a8a2-41e7d7cd272a"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fb19fb247-8af9-48ec-a8a2-41e7d7cd272a&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『被災地の本当の話をしよう』陸前高田・戸羽太市長</title>
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    <id>tag:o-shobo.jp,2011:/hoby//1.804</id>

    <published>2011-11-16T04:46:05Z</published>
    <updated>2011-11-16T04:47:21Z</updated>

    <summary>僕達のことを忘れないで。「想定外」の津波によって、「想定外」の被害を出した東日本...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>僕達のことを忘れないで。</strong><br /><br />「想定外」の津波によって、<br />「想定外」の被害を出した東日本大震災。<br />ひとつは、津波による町の破壊。<br />もうひとつは、原発事故による国土の破壊。<br />津波被害では、陸前高田市も、深く印象に残っている。<br /></p>]]>
        <![CDATA[陸前高田市の市長戸羽太さんが書いた、この本によると、<br />2万5,000人足らずの小さな陸前高田市で、<br />　　　　　7月5日現在、亡くなられた方は1,526人（岩手県内で1,000人以上の被害者が<br />　　　　　出ているのは陸前高田だけです）。<br />　　　　　地震発生から4ヶ月近くが経とうとしているというのに、<br />　　　　　いまだに行方不明の方が543人もおられます。<br />戸羽さんの住む区域だけで見ても、<br />　　　　　150世帯で150人がなくなりました。つまり、ほとんどの世帯で<br />　　　　　亡くなった方がいる計算になります。<br />その亡くなったひとりに、戸羽市長の奥さんもいた。<br /><br />奥さんを亡くしながら、<br />小学6年生をかしらにふたりの男の子に避難所暮らしをさせながら、<br />公務に没頭したとして、戸羽さんは話題の人となった。<br />それは、大きな犠牲を伴った。<br />　　　　　ある日、安否がわからないでいる市民の一覧表を見ていたら、<br />　　　　　そこに妻の名前がありました。私は捜索願を出していないのに・・・<br />　　　　　よく見てみると、探している人の欄に長男の名前がありました。<br />小学6年生の幼い息子が、<br />父親の戸羽さんに代わって捜索願を出していたのだ。<br /><br />いつまでも母親の帰りを待ちわびる次男の気持ちを慮って<br />4月9日、子どもに黙って火葬。<br />そのまま、5月21日、葬儀の日を迎えることになった。<br />　　　　　葬儀会場に着くと、そこには妻の遺影が飾られていました。<br />　　　　　何も言葉はいりませんでした。<br />　　　　　遺影を見た瞬間、次男はすべてを悟り、大泣きしました。<br />　　　　　土曜の葬式から月曜の朝まで、泣きやむことはありませんでした。<br /><br />市長として、妻を亡くした夫として、二人の子の父として、<br />その孤独の中で、陸前高田の「8年後の復興」を目指して、<br />激務にまい進する戸羽さんを支えるのは、何か。<br />津波で亡くなった人の声か、姿か。<br />　　　　　「助けてください！」<br />　　　　　引いていく波に押し流されるに、たくさんの瓦礫が海へと向かって行くのですが、<br />　　　　　屋根の上や、大きな木材につかまって、必死になって助けを求めている<br />　　　　　市民の姿が目に飛び込んできたのです。<br />だが、<br />　　　　　声が聞こえる、顔は見えるのに手を差し伸べることができない。<br />そのあとの虚ろな時間。<br />　　　　　奇妙なほどの沈黙でした。誰もが声を失い、唖然とするしかない。<br />　　　　　そして、みんな無言でガクガクと震えている。<br /><br />戸羽さんが、その光景を忘れられないように、<br />この本には、全国の人たちへの戸羽さんの祈りが籠っている。<br />「僕達のことを忘れないで」と。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/d6e2d0e4-0ba1-44aa-8af3-5c0442feab74"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fd6e2d0e4-0ba1-44aa-8af3-5c0442feab74&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『唯脳論』養老 孟司</title>
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    <published>2011-11-09T05:51:20Z</published>
    <updated>2011-11-09T05:52:49Z</updated>

    <summary>ブレーキのない『脳』養老孟司さんに代表作になるだろう、この『唯脳論』は、1989...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
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        <category term="01-書籍" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>ブレーキのない『脳』</strong><br /><br />養老孟司さんに代表作になるだろう、<br />この『唯脳論』は、1989年に出版された<br />いまから20年以上も前になる。<br /></p>]]>
        <![CDATA[われわれは、現実の制約から解放された。<br />『脳』の世界に住む、と宣言された。<br />　　　　　現実とは、われわれを制約するものに他ならない。<br />　　　　　したがってそれは、歴史的にはつねに自然だった。<br />　　　　　しかし、われわれを制約するものは、いまでは脳になってしまった。<br />　　　　　事故の生活を左右できない自己の脳、あるいは自己の生活を左右する<br />　　　　　他人の脳、である。<br />『唯脳論』は、過去の『お伽噺』になったとは言わないが、<br />3月11日の東日本大震災を経験したわれわれは、<br />とてつもなく、懐かしさを覚える。<br /><br />あるいは、いっそう現実感を覚えると言った方がいいのか。<br />　　　　　われわれは、かって自然という現実を無視し、脳という御伽噺の世界に住む<br />　　　　　ということにより、自然から自己を解放した。<br />われわれは、やはり自然の中で生きる生き物だった、<br />と地震と津波は教えてくれた。<br />そして、われわれの『脳』がつくったエネルギーは、<br />『脳』が制御できないことを教えてくれた。<br />『唯脳論』の本題に入る前に、扉の前で佇んでしまう。<br />　　　　　社会は暗黙のうちに脳化を目指す。そこではなにが起こるのか。<br />　　　　　「身体性」の抑圧である。現代社会の禁忌は、じつは「脳の身体性」である。<br /><br />ネズミのヒゲの根元には無数の神経線維が分布している。<br />一つのヒゲが捕えた感覚は、そのまま核内の神経細胞につながる。<br />　　　　　一つのヒゲと、核内に見られる神経細胞の塊とは、一対一対応になっている。<br />　　　　　したがって、この塊はヒゲと同数あり、しかもこの塊はヒゲと<br />　　　　　同じ並び方をしている。<br />人間のように脳で、もう一度分析し、評価し、<br />それから対応する手間がいらない。<br />きわめて俊敏は動きができる。<br />　　　　　末梢器官の位置関係をそのまま脳に持ち込むしかない。<br />　　　　　脳は位置を知るために、末梢の地図をそのまま脳に持ち込むのである。<br />逆に人間は正確な判断ができる。<br />スピードを取るか、正確さを取るか、<br />人間は後者を選んだ。<br />そして、脳は目や手や足や皮膚から伝達された情報をキャッチし、<br />判断を加えるだけでなく、<br />脳は独自の仕事をするようになった。<br />　　　　　脳内の神経細胞が増加し、外部からの入力あるいは直接の出力の「量」だけに<br />　　　　　依存するのではなく、脳の自前の、あるいは自慰的な活動に、神経細胞の維持を<br />　　　　　依存するようになった時、意識が発生した。<br /><br />官僚組織だけではない。<br />すべからく組織は使わなければ退化する。<br />巨大になった『脳』は、<br />自らの存在価値を自ら高めるために意識を向上させる。<br /><br />『脳』は自然を征服し、<br />自らの体を操作し、<br />ついに、自らの『脳』を越えようとする。<br /><br />ブレーキの利かなくなった『脳』は、&nbsp;&nbsp; &nbsp;<br />ひょっとしたら、事故が起きるのを待っていたのか。<br />長い間逃亡を続けてきた犯罪者が、<br />心のどこかで捕まることを願うように。<br /><br /><SCRIPT charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/f784cf1f-b748-4c18-98fc-eca04148e06d"> </SCRIPT> <NOSCRIPT><A HREF="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Ff784cf1f-b748-4c18-98fc-eca04148e06d&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</A></NOSCRIPT>]]>
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    <title>『カモメに飛ぶことを教えた猫』ルイス・セプルべダ（訳：河野万里子）</title>
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    <published>2011-11-02T02:26:18Z</published>
    <updated>2011-11-02T04:51:35Z</updated>

    <summary>教えることはできないから、意味がある。訳者の解説によると、　　　　　ヨーロッパで...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>教えることはできないから、意味がある。</strong><br /><br />訳者の解説によると、<br />　　　　　ヨーロッパでは&lt;八歳から八十八歳までの若者のための小説&gt;<br />と謳われているらしい。<br /></p>]]>
        <![CDATA[「八十八歳」は、日本では米寿。長寿を祝う歳。<br />ヨーロッパでも、同じような意味があるのだろうか。<br />「八歳」は、たぶん文字が読めるようになるころを意味するのだろうから、<br />すべての人に愛される本という意図なのだろう。<br />本を読み終えると、<br />あながち、誇大なセルフとも思えない。<br /><br />この本は、銀色のつばさのカモメ「ケンガー」が、<br />スペインを目指して飛ぶ途中、<br />北海の海で仲間からはぐれてしまうところから、物語ははじめる。<br /><br />ケンガーは、ニシンを捕まえるために、海に潜った。<br />顔を上げたら、海面に広がった原油に取り囲まれていた。<br />人の目を盗んで、タンカーから掃除で掻きだされた原油。<br />ケンガーは黒い波に襲われ、毛穴が原油でふさがり、<br />飛ぶことができず、仲間から見捨てられる。<br /><br />なんとか原油の海を抜け出し飛び上がったケンガーは、<br />黒猫の「ゾルバ」に救われる。<br />そこで、卵を産み落とした後、ケンガーは力尽きて死ぬ。<br />ゾルバに、こどもを海に帰してくれるように託して。<br /><br />ゾルバは、仲間の猫に支援をあおぎ、ケンガーを弔う。<br />ケンガーをマロニエの木の根元に横たえる。<br />葬送に立ち会った四匹の猫は<br />　　　　　四匹は悲しみの祈りをあげ続けた。やがてそれにこたえるように、<br />　　　　　まず近所の猫たちが、いっせいに鳴き出した。<br />　　　　　ほどなく、川の向こうの猫たちの鳴き声も、そこに加わった。<br />　　　　　そうしてその大合唱に、ついには犬たちの遠吠えも加わり、<br />　　　　　かごの中のカナリアたちや巣の中のスズメたちもさえずり出し、<br />　　　　　カエルたちも悲しげに鳴き始めた。<br />　　　　　チンパンジーのマチアスさえも、キーキーとその祈りに加わった。<br />ハンブルグ中が喪に服したようにだ。<br />　　　　　ハンブルグの家々の窓に、次から次へと明かりがついた。<br />　　　　　住民たちは顔を見合わせては、なぜ今夜は突然、動物たちが<br />　　　　　こんなにも悲しげに鳴くのだろうと、いぶかった。<br />美しい光景が広がる。<br /><br />雛に孵ったカモメは、「フォルトゥナータ」と名付けられ、<br />すくすくと成長する。<br />海に戻らなければならない日が刻々と迫ってくる。<br />しかし、「フォルトゥナータ」も猫も飛べない。<br /><br />ゾルバは、詩人に助けを求める。なぜなら、<br />　　　　　本物のつばさで飛ぶことについては、知らないかもしれない。でもあの人は、<br />　　　　　ことばとともに飛んでいるような気がしてしかたがないんだ。<br />詩人の案内で、ゾルバはカモメを聖ミヒャエリス教会の鐘楼に連れ出す、<br />ゾルバは、カモメに言う。<br />　　　　　「飛ぶんだ、フォルトゥナータ。さあ、深呼吸をして。<br />　　　　　雨にさわってごらん。雨を感じてごらん。きみの好きな水だよ。<br />　　　　　きみには好きなものや、幸せに感じるものが、たくさんあるだろう。<br />　　　　　そのひとつが水と呼ばれているものなんだ。もうひとつは風。<br />　　　　　そしてもうひとつが、太陽だよ。雨の後、ごほうびのように現れる太陽だ。<br />　　　　　雨は気持ちがいいかい？さあ、つばさを広げて」ゾルバが言う。<br />　　　　　カモメはつばさを広げた。サーとライトがはなつ何本もの光の束を浴び、<br />　　　　　羽についた雨のしずくを、真珠のように輝かせながら。<br />　　　　　そうして彼女は、頭を上げた。瞳を閉じたまま。<br /><br />すいません、<br />わたしは、喋りすぎました。<br />後は、どうぞ、読んでください。<br />大人になるほど重みを増す警句も、ありますから。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/a03b6c32-5b47-4040-8aad-f03a5a8d74f1"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fa03b6c32-5b47-4040-8aad-f03a5a8d74f1&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『働かないアリには意義がある』長谷川 英祐</title>
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    <published>2011-10-26T01:12:39Z</published>
    <updated>2011-10-26T05:25:56Z</updated>

    <summary>正解のない世界の生き方この本は、ビジネス書としても人気らしい。大きな組織が、一糸...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>正解のない世界の生き方</strong><br /><br />この本は、ビジネス書としても人気らしい。<br />大きな組織が、一糸の乱れなく一斉に行動することは、<br />一時は生産性を上げるかもしれないが、長期的には得策ではない。<br />衰退につながることを、アリを通して教えてくれるからなのだろう。<br /></p>]]>
        <![CDATA[世界一の働き者としてのイメージがあるアリにも、<br />実は、「瞬間的には、巣の中の7割ほどが働いていない」。<br />シワクシケアリを1カ月以上の観察した結果では、<br />2割ぐらいは、全く働いていない、という。<br />アリは、怠け者の集団なのか。<br />人間社会と変わらないではないか。<br /><br />しかし、よく読んでみると、<br />「2割が働かない」ことも、アリの知恵らしい。<br />ただし、戦略化するのではない。<br />誰が統率するわけでもない。<br />アリの場合は、遺伝子に組み込まれている。<br /><br />どんな状態になれば働くのか、<br />グループごとに分かれているという。<br />たとえば、うちの会社でも、<br />夏になれば、機械的に冷房をセットする人がいる。<br />室温26度になれば、つける人もいる。<br />わたしのように、28度になっても、まったく気にならない人間もいる。<br />これは「反応閾値」の違いらしい。<br />「刺激に対して行動を起こすのに必要な刺激量の限界値」のこと。<br /><br />コロニーの中の働きアリは、<br />忙しさの程度で、対応するグループがいくつかに分かれている。<br />仕事に手を出す順番が決まっている。<br />　　　　　反応閾値に個体差があると、必要な仕事に必要な数のワーカーを<br />　　　　　臨機応変に指示をしなくても、自然と動員できる。<br />　　　　　また、同時に発生する仕事にも即座に対応できる。<br /><br />じゃあ、いつも最初からやるものは、働いてばかりで、損じゃないか、と<br />人間なら思うが、アリはそんなことを考えない。<br />すべて、神の思し召しのように、遺伝子に組み込まれているから。<br /><br />じゃあ、なぜ、アリは一斉に働くように遺伝子を組み込まなかったのか。<br />　　　　　全員がいっせいに働くシステムの方が、労働効率は高い。<br />　　　　　しかし、仕事が一定期間以上処理されない場合は、<br />　　　　　コロニーが死滅する、という条件を加えると、<br />　　　　　働かないものがいるシステムの方が、コロニーは平均して<br />　　　　　長い時間存続する。<br />短期的繁栄よりも、長期的な存続に適合している。<br /><br />では、なぜ、適合しているのか。<br />それこそが、アリの英知だ。<br />生物学用語でいう予測不可能性。<br />「世界は予測不可能で常に変動している」ということ。<br /><br />生存の環境は、予測できない。当然、制御もできない。<br />だから、正解はない。<br />人は、「あるはずのない正解」幻想から卒業するべきではないか。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/cb46bbe5-897a-4ff2-975e-62138f5a2971"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Fcb46bbe5-897a-4ff2-975e-62138f5a2971&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『土の文明史』ディビッド・モントゴメリー（訳：片岡 夏実）</title>
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    <published>2011-10-19T01:04:02Z</published>
    <updated>2011-10-25T09:24:06Z</updated>

    <summary>土は、いのちの胎盤。生きものは、土や水から生まれる。　　　　　ラテン語で人間を意...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>土は、いのちの胎盤。</strong><br /><br />生きものは、土や水から生まれる。<br />　　　　　ラテン語で人間を意味するhomoは、同じくラテン語で<br />　　　　　生きた土壌を表すhumusから派生したものだ。<br />けれど、土は、人間の皮膚よりも繊細だ。<br /></p>]]>
        <![CDATA[　　　　　土壌が占めるのは地球の半径六三八〇メートルのうち、<br />　　　　　一〇〇〇万分の一をわずかに超えるに過ぎない。<br />　　　　　一方人間の皮膚は厚さ二ミリメートルほど、平均的な身長の人間の<br />　　　　　一〇〇〇分の一弱である。<br />しかも、土地は、全世界で年間に推定二四〇億トンの土が失われている。<br />人間一人あたりにすると、数トンの土になる。<br /><br />全世界の人口約六〇億人に対して、農地は、現在一五億ヘクタール。<br />一人当たり〇．二五ヘクタールの農地を要するようになった。<br />　　　　　一人を養うために世界で最も集約的に耕作されている地域では、<br />　　　　　〇．二ヘクタールで一人を支えている。全世界の平均農業生産性を<br />　　　　　このレベルまで引き上げれば、75億人に食糧を供給できる。<br />　　　　　しかし、二〇五〇年には利用できる耕地面積は一人あたり〇．一ヘクタール未満に<br />　　　　　落ち込むと予想されている<br /><br />過去多くの文明は、土地を使い捨てにしてきた。<br />最初肥沃な谷床での農業によって人口が増え、耕しつくすと、傾斜地を開墾する。<br />土壌はむき出しとなり、雨と風で土壌侵食が進む。<br />土壌は劣化し、収量が低下。<br />数世紀で文明は破たんに向かう。<br /><br />人は、土地を豊かにするよりも、<br />土地がやせれば、新しい土地を求めた。<br />アメリカ人も、西へ西へと移動した。<br />　　　　　一九一〇年にはアメリカの農民の半数以上が五年未満しかその土地に<br />　　　　　とどまっておらず、土地を知るには時間が不十分だった。<br />その結果は、<br />　　　　　過去五億年の平均侵食速度は一〇〇〇年に、二．五センチだが、今日では農地から<br />　　　　　二.五センチの土壌がはがされるのに四〇年かからない<br />との試算もある。<br /><br />痩せていく土地に、化学肥料でカンフル剤を打った。<br />　　　　　「土壌中の生物が人口肥料によって徐々に毒を盛られていることは、<br />　　　　　農業と人類に降りかかっている最大の災厄に数えられる」<br />恐ろしいことに、<br />第二次世界大戦後の農薬工場は、爆弾工場からの転向が多い、という。<br />人を殺すことから、土地を殺す方に転用されたのだ。<br /><br />アメリカ農務省の研究結果では、<br />生産性を高める切り札として期待されている遺伝子組み換えも、<br />大幅な収量増はあやしく、農薬の使用量も減っていない。<br />　　　　　不稔性を伝える操作された遺伝子が特許権のない作物と交雑し、<br />　　　　　壊滅的な結果を生じることを懸念する者もいる。<br />結局、即席の手はない。<br />土を減らさず、育てることだ。<br />原始からいたバクテリアの力を借りて、自然の営みにゆだねることだ。<br />　　　　　有機農場の表土が慣行農場に比べて約一五センチ厚いことに気付いた。<br />　　　　　有機農場の土壌葉より水分保持の能力が大きく、生物が利用できる<br />　　　　　窒素とカリウムが多かった。また有機農場の土壌には、<br />　　　　　さまざまな微生物がより多く含まれていた。<br /><br />自然を人間の科学で捻じ曲げようなんて、無理なんや。<br />人間にできるのは、その自然の営みの邪魔をしないこと。<br />それしか、ない。<br />原子爆弾を受け、原発事故にあって、しみじみ思う。<br /><br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/8f367070-9717-49a2-8d46-39dee8071fae"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2F8f367070-9717-49a2-8d46-39dee8071fae&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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    <title>『動物と人間の世界認識 - イリュージョンなしに世界は見えない』 日高 敏隆</title>
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    <published>2011-10-12T06:32:11Z</published>
    <updated>2011-10-12T06:33:51Z</updated>

    <summary>イリュージョンの中に生きる。客観的な世界って、あるのか。動物行動学の先駆的研究家...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/hoby/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" height="82" /><strong>イリュージョンの中に生きる。</strong><br /><br />客観的な世界って、あるのか。<br />動物行動学の先駆的研究家であるドイツのユクスキュルは、<br />生きものはすべて主観的な世界を生きる、といって、<br />それを「環世界」と名付けた。<br />人間も同じこと。<br />ただ人間は、自分の認識している世界が、他の生き物と違うことを知っている。<br /></p>]]>
        <![CDATA[イタチは、動くものしか認識しない。<br />ゲージのなかのイタチに、好物のマウスを放り込むと、<br />　　　　　マウスは急いで逃げようとする。イタチはそのマウスの動きをきわめて<br />　　　　　敏感にキャッチする。そして、いきなりそこに走ってくる。<br />　　　　　マウスはとたんにそこでフリーズする。<br />マウスが動かなくなると、<br />　　　　　イタチがあきらめて、遠ざかろうとすると、その隙をねらって、<br />　　　　　マウスは急いで逃げようとする。ところが残念ながら、<br />　　　　　その動きがイタチの目にはいってしまう。<br />イタチにとって、「動くもの」が世界として認識される。<br /><br />シチメンチョウは、ヒナの鳴き声によって、自分の子どもを識別する。<br />そこで、シチメンチョウの耳を聞こえなくする実験をした。<br />　　　　　シチメンチョウのオスの求愛行動が成り立って、オスとメスは交尾し、<br />　　　　　受精卵を生んだ。卵を温めて雛にした。耳が聞こえない問題はなかった。<br />　　　　　ヒナが孵りはじめると、その母ドリは、孵ったヒナを次々に<br />　　　　　つつき殺してしまったのである。<br />シチメンチョウの「環世界」では、<br />「声を出さないで動き回る小さなトリ」は、「自分のヒナ」としての意味を持たない。<br /><br />人間は紫外線を見ることはできない。<br />　　　　　人間は赤から紫（正しくはスミレ色）までの色を見ることができる。<br />　　　　　これを分解すると、いわゆる虹の色になる。<br />　　　　　モンシロチョウは赤が見えない。黄色とそれより波長の短い光は見えるが、<br />　　　　　黄色より波長の長い赤は見えない。<br /><br />人間以外の生き物は、<br />生きるために必要なモノだけで環世界が構成される。<br />餌、捕食者、そして、子孫を残す行為に関わるもの・・・<br />あくまでも、モノひとつひとつで世界が構成される。<br />モノとモノをつなぐ背景は、生きものにとって、無きに等しい。<br /><br />人間だけが、生殖を終えても寿命を延ばし、<br />よりよく生きるとか、生きがいまで、生きることの意味を広げてきた。<br />　　　　　人間では遺伝的プログラムの具体化にあたって、知覚の枠を超えて<br />　　　　　論理を展開し、それによってイリュージョンをつくりあげていくことができるので、<br />　　　　　時代や文化によってもイリュージョンが変わりうるということである。<br />そのイリュージョンによって、<br />イリュージョンを現実化することも、人間はするようになった。<br />　　　　　ラジオ波とか電子のようなものがきっと存在しているはずだと予想することは、<br />　　　　　イリュージョンの問題である。<br />　　　　　その上に立って順次証明されていったラジオ波や電子を使ってラジオやテレビができたとき、<br />　　　　　ラジオ波や電子はイリュージョンではなく現実のものであったことがわかる。<br /><br />イリュージョンが現実になって、<br />ますますイリュージョンの世界が広がった。<br />　　　　　「唯幻論」を展開している岸田秀氏は、「人間は本能が壊れてしまったために<br />　　　　　その代わりとなる『自我』が必要になった。けれどこの自我なるものは実は<br />　　　　　幻想であるので、人間は幻想に支えられて生きることになった」と考えている。<br /><br />けれど、今度の震災は、何を意味するのか。<br />社会、国家、民族などは、人間が作ったイリュージョンだ。<br />けれど、人間が先走るイリュージョンに、「待った」がかかったのではないか。<br /><br />あくまでも、地球の生き物として、<br />自然をベースにしたイリュージョンを組み立てなおすべきではないか。<br /><script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&amp;ServiceVersion=20070822&amp;MarketPlace=JP&amp;ID=V20070822/JP/oshobo-22/8001/f4406e58-2b02-4223-982d-50d5fdfd3847"> </script> <noscript><a href="http://ws.amazon.co.jp/widgets/q?rt=tf_mfw&ServiceVersion=20070822&MarketPlace=JP&ID=V20070822%2FJP%2Foshobo-22%2F8001%2Ff4406e58-2b02-4223-982d-50d5fdfd3847&Operation=NoScript">Amazon.co.jp ウィジェット</a></noscript>]]>
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