白線の論理と倫理 vol.8 Web調査:白線は、「善悪の境界線」
さて、「白線」への対応。
路上での喫煙所で、たばこを喫うとき、「白線表示内で吸っているか」という質問への答え。
「必ず白線の中」27.2%。「できるだけ白線の中」48.5%。「白線の外側もある」4.9%、「白線を意識しない」11.7%。肝心の「白線の辺り」は、7.8%。
中目黒駅前の観察調査とは、大きな違いです。観察では、白線の内側は54人(35%)。残り90人(51%)ほどが、白線の外側でした。この差は、なんなんでしょうか。心がけていることと、実際の違いなのか。ほんとうは、気にしていないが、正直に答えることはまずい、と思って知らず知らずに受けのいい答えを選ぶのか。
「必ず白線の中」で高い数字をあげているのは、性別でみると、女性42.9%(男性24.7%)。禁煙成功者41.7%、受動責任を感じる人は、50%。「白線の中」「責任感」「禁煙」は、ひとつでつながっているように感じる。そこまでしても、喫うのか、喫いたいのか。そんな思いが、禁煙に導くのではないか。「健康」への関心も当然あるけれど、「そこまでして。」の自問も大きいような気がする。
「白線の辺り」で喫う人は、なぜか、「1日1箱以上の喫煙者」に多い。17.2%。平均の倍以上。

喫煙所の白線についての思いについて、フリーアンサーで聞いてみた。
「必ず白線の中」の人は、
「縛られたくない、牢屋じゃないんだから少しぐらいいいじゃないか」と言う20代男性、
「善悪の境界線みたいで、よい気分はしない」男性40代、
「喫煙者が特別な目で見られているようで嫌です」女性50代、というような意見もあったが、
大勢は、「喫煙コーナーがあるだけでも感謝」「特に変な気持はしない」だった。
「白線」で「隔離感」があるなんていうやつは、喫う資格がない、という意見もあった。
不思議なことに、「白線の外で吸う」人も、
「素直に白線に従うべき」
「白線のルールは大事なこと」と言って、「白線」への違和感を唱える人は少なかった。
ゆえに、おっちゃんの「白線はおっちゃんを隔離している」理論は、共感を呼ばなかった。むしろ、「おとな」失格の烙印を押す人が多かった。子供じみたことを云うな、喫わしていただくだけでも、ありがたく思え、そんな流れが出来上がっているのではないか。
つづく




